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ξ゚⊿゚)ξは画面の世界の住人のようです その2 

56 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:26:38 ID:8EOsmnGwO
 







 午後のワイドショーも見終え、洗濯物を取り込んでいた。
 この間まで続いていた梅雨の残り雨が、漸くあがったのだ。
 ためにため込んだ衣類を、毎日洗濯機をフル稼動させて洗ってゆく。
 明日で丁度洗濯物がなくなりそうだ。


川 ゚ -゚)「よし」

 全部取り込み、ふと空を見上げた。
 徐々に茜色に染まりつつある空には、雲一つ無かった。
 私に言わせてみても、これは清々しいことだった。


 私は、雨が嫌いだった。
 特に、梅雨明けに降る雨が。

 嫌な思い出が心の底に巣くっており、雨の度にそれが浮かんでくるのだ。
 だが、今の空を見て、沈んでいた心もすっかり晴れ上がっていた。

.


57 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:28:00 ID:8EOsmnGwO
 

川 ゚ -゚)「早いうちに米を研いでおくか」


 誰に言うでもなく、呟いた。
 最近は歳のせいか独り言が多くなってきつつある。
 孤独を直接真正面から受け入れられず、紛らわすために呟くことが多いのだ。

 今晩は献立を何にしようか。
 米を研ぎながら、考えていた。

 小籠包なら朝にだしたから、これでは芸がない。
 米を研いでいるうちに浮かんでくると思ったが、結局思いつかないまま研ぎ終えた。
 炊飯器にセットして、予約をいれておいた。

 思いつかないなら、仕方ないのだ。


川 ゚ -゚)「困ったな。もう納豆でもいいかな」

.


58 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:31:59 ID:8EOsmnGwO
 


 悩んだ末に、冷蔵庫の中身をもう一度確認しておこうと思った。
 さすがに、仕事帰りに納豆単品ではブーンも怒るだろう。
 前に一度した事があるのだが、ブーンは部屋の隅で体育座りしていた。

 冷蔵庫に手をかけた瞬間、チェストに置いてあったスマートフォンが鳴った。
 けたたましく響く着信音に加え、密着しているチェストのせいでバイブレーションがうるさい。
 それが、メールではなく通話の着信だったため、夕食のことなどすっかり忘れ、慌ててチェストに向かった。

 ブーンからの着信の場合、着信音はデフォルトから変えている。
 鳴ったものはデフォルトのものだったので、他人からだ、とわかった。


川 ゚ -゚)「……ん?」
 
 驚いたのは、画面に映った名前が、高校以来の旧友だったからだ。
 懐かしいものだから、電話に出る際、少しばかり緊張してしまった。
 応答すると、開口一番に、向こうから元気のいい声が飛び込んできた。
 相変わらず、無邪気な可愛らしい声だ。うるさい。


  『もしもし! もしもーし!』

川 ゚ -゚)「ぽーん。この電話は現在使われておりません。
     ぴーっという発信音のあとに、お客様の通帳と印鑑の在処を教えてきりやがれ」

  『長い! ボケが長いよ!』


.


59 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:34:28 ID:8EOsmnGwO
 

川 ゚ -゚)「しぃか、相変わらずうるさい奴だな。久しぶり」

  『先に久しぶりって言ってよ! おひさー』


 旧友のしぃは、もう四十への扉が前方に見えているという歳なのに、中学生のように明るかった。
 彼女の声が耳にきんきんと突き刺さり、受話口から耳を離した。

 そういえば、昔からこんな煩い奴だった。
 崩壊したダムのように、常に最大限放出されるテンションの固まり。
 失恋して、一時期はその可愛らしい声もかなり低くなっていたが。


川 ゚ -゚)「どうした。同窓会に出てほしいのか?」

  『同窓会なんかじゃないよ!
   ただ、久々におしゃべりしないかなー?って!』


 丁度二年ほど前に、高校時代の面々で行う同窓会のお知らせが届いたことはあった。
 しかし、ブーンも私も、全く参加しようと思う気はなかった。
 二年の歳月を経て、再び催促をしてくるのか、と思ったが、違うようだ。


川 ゚ -゚)「いまから?」

  『うん! 積もる話もいっぱいあるしね!』

川 ゚ -゚)「別に無理じゃないけど」


 私がそう言うと、欣々然としてしぃが喜んだ。
 電話越しでは音声が割れて聞こえるほど、高く大きな声だった。
 そのため、以後一分間は電話を切らずに卓上に放置しておいた。

.


60 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:36:03 ID:8EOsmnGwO
 

  『ちょっと! 電話ほったらかしてたでしょ!』

川 ゚ -゚)「わかってるなら聞くな」

  『ひどい!』



 一悶着を終えると、具体的な指示を出してきた。
 近くのビア・ガーデンで、二〇時くらいから騒ごう、ということだ。
 ビア・ガーデンなど、ここ数十年は行ってない。
 ちょっぴり、今夜が楽しみだった。

 だが、同時に懸念事項が浮かんできた。
 夫であるブーンの夕食を、まだ作れていないのだ。
 また、夕食を作ったところで、仕事でくたくたに疲れた夫の
 帰りをほっておくというのは、良妻のとるべき行為ではない。

 旧友との御飯をとるか、夫への尊重をとるか。
 私は、すっかり悩んでいた。
 時間にして、約二秒程。

川 ゚ -゚)「わかった」

  『じゃあ二〇時に駅前ね! ばーい!』


.


61 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:39:26 ID:8EOsmnGwO
 

 悩んだと言えば、一瞬は本気で悩んだ。
 しかし、思い返せば、昨日ブーンは連絡を寄越さずに勝手に呑みに行っていたのだ。
 それを思い出すと、別に行ってもいいやと考え、即座に了承した。

 不思議と罪悪感はまったくしなかった。


川 ゚ -゚)「……さて」

川 ゚ -゚)「良妻は忙しいのだ。次の家事を片づけようぞ」


 電話をきり、ブーンの夕食の献立も決めて、次は風呂を張り始めた。
 最近の浴槽は進化しており、自動的に温度を保てることができるというのだ。

 いつもこなしている家事を、今日もいつも通りこなした。
 平常と違っていたことといえば、久々の、しかも旧友との
 外食ということで、気分がやや昂揚していたことだ。


 彼女は、私と同様に、人を好きになると盲信的に愛してしまう節がみられる人間だった。
 ところが、面白いことに私とは性格が正反対である。
 それ故、当初はそんなに親密な関係ではなかったが、
 仲良くなるのに、思いの外そう時間はかからなかった。



.


62 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:40:43 ID:8EOsmnGwO
 







 結局、誤解を晴らせないままで、今日も一日が終わった。
 誤解のせいで、普段以上に神経をすり減らした。
 ぐったりと疲れてしまい、身体が睡眠を欲している。

( ´ω`)「ツンちゃん……」


 こんな時は、お気に入りのビデオライブラリーから一本、
 無作為に何か選んで、それをじっくり鑑賞するのがいい。
 疲れ切った身体を癒してくれるし、明日も一日頑張ろう、という気力を分けてもらえるのだ。

 だが、今になって漸く自覚したが、自分はビデオに依存しきっている。
 クールが怒るのも無理はなかったと言えるだろう。
 悪いことだ、とは一概には言えないが、良いことだ、と面と向かって言えないのも事実だ。


.


63 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:41:54 ID:8EOsmnGwO
 

 彼女は、僕が依存を振り切れるように、と精一杯のサポートをしてくれているのだろう。
 それを無碍にしないために、僕は応えなければならない。

 僕が、ビデオとの別れを決心した瞬間だった。


( ^ω^)「ただい――」

 ノブを握り、捻ろうとした。
 ここでスムーズに開いて、すぐに玄関マットに腰をかけて鞄を置き、靴を脱いでネクタイを――
 と、毎日のこの一連の行動が、一段階目にして封じられていた。

 鍵が閉まっていたのだ。


(;^ω^)「おー…?」

 時計を見ても、普段通りの時間だった。
 二日連続で帰りが遅れていたなら、鍵の理由にも大方予想ができる。

 が、今日は定刻通りの帰宅だ。
 真っ直ぐ帰り、クールの料理を食べて寝るつもりだった。
 とどのつまり、何故鍵が閉められているのか、全く見当も付かないのだ。


.


64 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:43:42 ID:8EOsmnGwO
 

( ^ω^)「寝ちゃったのかお。仕方ないお」


 クールは早寝だ。たまに、僕が帰るより前に寝ることがある。
 しかし寝るといっても、リビングのダブルサイズのソファーに横になり、
 ブランケットをかぶって仮眠をとっている程度で、熟睡ではない。

 そういう時は、決まって僕は非常用の鍵を使う。
 玄関の隣の樋の中に、非常用の鍵を隠している。
 連日の雨のせいで濡れているが、この鍵は錆びない。
 臭いが気になるが、こればかりは致し方あるまい。
 いつか、別の隠し場所を捜さなければならないだろう。


( ^ω^)「……暗いお」

 玄関に足を踏み入れ、最初の感想がそれだった。
 クールが寝るときでも決まって玄関と廊下、入って左手のリビングの電気は点いているのだ。
 ところが玄関で既に完全に闇に呑まれており、またしんと静まり返っていた。

 浴槽に湯を溜める音、炊飯器が飯を炊く音、
 テレビの向こうの漫才の声、何一つとしてそこになかった。


.


65 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:45:23 ID:8EOsmnGwO
 

( ^ω^)「寝てるわけじゃないお?」

( ^ω^)「おーい」

 靴を脱ぎながら、とりあえず闇に声をかけてみた。
 返事が返ってきたら返ってきたで怖い気もするが、物音一つしなかった。
 泥棒だったら、高校時代に培った、ラグビー部大将譲りのタックルをお見舞いさせてやろう。


( ^ω^)「もしもし」

  『もしもし』


 だが、それですらない、とわかったのは、クールに電話をしながらダイニングに目を遣った時だ。
 メモと椀、発泡スチロールが見え、何だ、と思った。
 メモはクールの書き置きだったようで、丁寧な字が並んでいた。


川 ゚ -゚)〝 勝手に夕飯食べておいてください。〟
 
( ^ω^)




 メモの隣の発泡スチロールだが、これは納豆だ。



.


66 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:46:28 ID:8EOsmnGwO
 


  『友だちとお食事なーう』

( ^ω^)「え」

  『相手はあのしぃだ。一緒に食べるか?』

( ^ω^)「いや、いいよ。んじゃ」

( ^ω^)

( ^ω^)

( ^ω^)「なぜだああああああああああああああああああああああああああああああ」



.


67 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:48:27 ID:8EOsmnGwO
 






川 ゚ -゚)「しぃもお前に会いたがってるぞ」

(;*゚ー゚)「あああ会いたがってない! 会いたがってない!」

川 ゚ -゚)「ほらほら、聞こえるかこのこ――」

川 ゚ -゚)「―――切れてる」

(*゚ー゚)「ほっ」


 しぃは、相変わらずな容姿と性格と声だった。
 出会い頭に抱きついてくる辺り、生活も相変わらずなのだろう。

 ビア・ガーデンはやはりいいもので、室内で食すのとはまた違った。
 忙しなく動き回るウエイターを一人捕まえ、注文をして放す。
 何とも言えない新鮮な光景だが、それだけで酒の肴となっていた。

 その合間に電話をかけたが、しぃの名を口にした途端しぃは手足をじたばたさせた。
 紅潮しきった顔は、酒のせいではないだろうと思うが、気にしない。
 しぃの反応が面白く、あれこれ言ってやろうと思ったが、
 夕食の素っ気なさに呆れたブーンは、足早に電話をきったようだった。


.


68 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:49:35 ID:8EOsmnGwO
 


川 ゚ -゚)「しぃも少しくらい成長したらどうだ」

(;*゚ー゚)「あのね、私の成長期は中二で止まってるの!」

川 ゚ -゚)「身体じゃなくて精神面のことだが」

(*゚ー゚)「え?」

(*゚ー゚)

(;*゚ー゚)「ししし知ってるよバーロィ!」

川 ゚ -゚)「どうだか」


 ジョッキに注がれていたビールは、そろそろ尽きそうだった。
 給仕に注文をしたばかりなので、すぐに来るだろうと思うが、落ち着かない。

 落ち着かないと言えば、しぃの物を噛む動作にも落ち着きがない。
 急いで食べたいのか、将又喋り続けたいのか。


.


69 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:50:34 ID:8EOsmnGwO
 


(*゚ー゚)「そういや、クー子供もってないよね」

川 ゚ -゚)「まあ」


 急に話題が変わるのも、昔はよくあった。
 あまり人と会話しない私は、話題の転換に過剰に反応する節がある。

 しかし、よりにもよってワードが子供、か。
 今、一番聞きたくない言葉だ。
 焦燥を感じていない訳ではないので、聞くだけで不愉快だ。


(*゚ー゚)「まだまだ子供つくれるでしょ」

川 ゚ -゚)「つくる気がしないだけで」

 強ち間違いじゃなかった。
 欲しいと思う気持ちと産みたいと思う気持ちは別なのだ。

 残りのビールを呷り、それでしぃの話を切ろうと思った。
 が、しぃはなかなかしぶとく、食いついてきた。


(*゚ー゚)「もしかしてセックスレス?」

川 ゚ -゚)「まさか。寧ろ暇なときは毎日」

(*゚ー゚)「え?」


.


70 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:51:27 ID:8EOsmnGwO
 


(´・ω・`)「こちらジョッキ生と鳥軟骨です」

川 ゚ -゚)「っしゃー」

(;*゚ー゚)「ねえ、ちょっと待ちなさい!」

川 ゚ -゚)「おーうめー」

(;*゚ー゚)「詳しく!詳しく!」

 我ながらまあ失言をしてしまったものだ。
 しかし別に恥ずかしい話でもない。
 ただ、この女に話すのは恥なのだ。
 理由など何一つないのだが、なぜか負けた気分になる。

 そんな時に、絶好のタイミングで給仕がやってきた。
 なみなみとビールの注がれたジョッキを受け取り、空のジョッキを渡した。


.


71 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:58:29 ID:8EOsmnGwO
 


 テーブルに置かれた鳥軟骨の唐揚げは、まだ油の弾ける音が聞こえてきていた。
 大盛況故、出来上がったらすぐ食べてもらおう、という事には違いなさそうだった。
 だが、それもありがた迷惑。私はすぐに食べたいのだ。

 と文句を並べるも、一口頬張るとそれは自ずと消えていっていた。
 むろん舌は火傷しそうだったが、揚げたてなだけあって、やはり旨いのだ。

 普通の鳥の唐揚げではなく、軟骨のみせる歯応えが、食欲を増幅させるのがそれの最たる理由だ。
 噛めども噛めども、執拗に歯にまとわりついてくる軟骨の食感。
 ただでさえ肉汁が溢れ出てきて唾液が分泌されているのに、そこに
 軟骨を絡ませると、もう一個、もう一個と手が伸びてしまうではないか。

 また、いい油を使っているようで、食べても食べてもしつこさを感じさせないのも高評価だった。
 普通――では困るのだが――生産性を優先させて、油は使い回す事が多い。
 それを拒み、常に新鮮な油でも用いているのか、独特の油っこさは感じられなかった。

 ビールを呷って、口内や食道にある鳥軟骨を包む。
 コクと旨みの混じった液体は、奥の方に流し込まれていった。
 それは、思わず「ぷはぁ」と息を漏らしてしまった程だ。


.


72 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:59:33 ID:8EOsmnGwO
 


(*゚ー゚)「ったく……」

川 ゚ -゚)「なんだ、そんなにブーンが好きか」

(;*゚ー゚)「べべべっ――」

川 ゚ -゚)「ブーンは私だけの人だぞ」

(*゚ー゚)「言っておきなさい」

川 ゚ -゚)「ブーンの好物から性感帯まで、何もかも熟知しているぞ」

(*゚ー゚)「じゃあ、ブーンの好きな食べ物は?」

川 ゚ -゚)「私の手料理」

(*゚ー゚)「ブーンの好きな犬の種類」

川 ゚ -゚)「私が買ってきた犬」

(*゚ー゚)「ブーンの性感帯」

川 ゚ -゚)「私が触るところ」

(*゚ー゚)「………ほう」







( ^ω^)「なぜだ……ものすごい悪寒が……」



.


73 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:00:31 ID:K2gJjNsYO
 






 散々に呑み続け、結構アルコールが回ってきてしまった。
 話をするのもほどほどに、二時間で切り上げ、その場はお開きにした。

(*゚ー゚)「週末の日曜空いてる?」

 と別れ際に訊かれたが、首を横に振った。
 週末は大事な日なのだ、空けられる訳がない。
 しぃもそれを察したようで、それ以上は訊いてこなかった。


.


74 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:01:41 ID:K2gJjNsYO
 


 外の風を浴びて、少しは酔いが醒めたように感じた。
 梅雨明けの風には多少生々しさを感じるが、涼しいことには変わりない。
 一歩一歩を確実に踏み締め、転ばないように気をつけなければならなかった。
 それが、雨で濡れるコンクリートのせいなのか、酔いが醒めていない自分のせいかまでは考える気はしない。

 ただ、漫然と自宅に向かって足を運んでいた。
 自宅に着くと、妙な心地になった。

 平生のまま建っている自宅だが、明かりがないのだ。
 庭に面したリビングは暗く、二階のブーンの部屋も暗かった。
 ブーンの部屋の方は、カーテンまでもが閉められていてる。


川 ゚ -゚)「……寝ちゃったかな」


.


75 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:03:43 ID:K2gJjNsYO
 


 ブーンが伊予と呑みに行った時の仕返しとは言え、さすがに私の行動も度が過ぎたのか。
 ブーンに言わせてみれば、帰宅して夕食が納豆と御飯一膳、また無断で私の外食。
 ふてくされたブーンは、独り言で文句をこぼすのもほどほどに、寝てしまったのかもしれない。
 呆れられたか、しかしそうだとしても仕方がないと思った。

 だが、玄関に上がり込んだ時、その考えは真っ向から否定された。
 二階、ちょうど上の方からブーンの喚き声が聞こえてきたのだ。
 苛立ちを抑えきれずに暴れている訳ではなさそうだった。

 というのも


  「おおおおおおおおおおおおおッ!」

川 ゚ -゚)

  「パンチラげぇぇぇぇぇっつ!!」

川 ゚ -゚)

  「そうですブーンは変態な豚ですぅぅぅぅぅぅ!!」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「……あンにゃろ……」



 ブーンは、毎度のようにこう思っているだろう。
 ヘッドホンをして部屋も暗くしているのに、なぜビデオを観ているのがばれるのだろう、と。

 第三者に言わせてみれば、答えは明白だ。
 ブーンが大声で騒ぐからである。




.
77 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:05:24 ID:K2gJjNsYO
 







(;##)ω^)「おはようございますお」

(`∠´)「あ、ああ」


 花の金曜日になって、課の皆が生き生きとしていた。
 今日さえ乗り切れば、ゆっくり休める。

 そう思うと、自然と仕事に打ち込みやすくなるのだ。
 僕だって、普段ならば例外ではない。
 金曜日の仕事が一番楽しいと思えるのだ。

 だが、今日に限っては例外だった。


(`∠´)「その……化粧室いくか?」

(;##)ω^)「青たんはさすがに無理ですお……」

(`∠´)「お面でもつけるか?」

( |::━◎┥)

(;##)ω^)「ほかにお面ないんですかおっ!?」

(`∠´)「息子が好きなアニメのだからな」


.


78 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:06:05 ID:K2gJjNsYO
 

 タイムカードを押して、真っ先にベル部長に身を案じられた。
 昨日、クールにしこたま仕置きをされ、さすがに瘤が隠せなくなってきた。
 なぜばれたのか、と聞くと、夫婦の愛の力だと言われた。絶対嘘だ。


 しかし、お面を渡されたとしても尚、誰もこのことは訊かなかった。
 その顔の傷はまた夫婦喧嘩でついたのか、今度の喧嘩の原因はなんだ、と。
 僕のことを気遣ってくれているようで、そこに暖かみを感じることができた。



从'ー'从「また奥さんと喧嘩ですか~?」

(;##)ω^)「(こいつ以外は!)」


.


79 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:07:57 ID:K2gJjNsYO
 


 僕がデスクに向かおうとすると、またも部長に止められた。
 今度はなんだと思ったが、どうやら喧嘩の原因でも聞く訳ではないようだ。

(`∠´)「おい、その顔はどうするんだ。
     週末、お得意様との接待ゴルフがあるんだぞ」

(;##)ω^)「週末ですかお……」

(`∠´)「社運にすら関わると言われてるのだからな、せめてひっかき傷くら」

(;##)ω^)「その日はちょっと家内と真剣に話し合うことになりそうなんですお……」

(`∠´)「わかった、なんとか話をつけておこう」

(;##)ω^)「すみませんお…」


从'ー'从「がちなムード嫌い~」

(`∠´)「渡辺、こっちに来い」

从;'ー'从「え!?」



 渡辺と入れ替わりで、早速仕事に取りかかった。
 その間、部長の怒声と啜り泣く渡辺の嗚咽が絶えず聞こえてきたが、仕事には集中できた。

 今日は顔は隠さないことにした。
 寧ろ、こんな傷でさえ、クールのものだと思うと誇らしげに思えたのだ。
 こうして傷をつけられるのも、果たしていつまでなのだろうか。


.


80 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:09:16 ID:K2gJjNsYO
 






 昼休みになると、やはり社員の士気は高まるばかりだ。
 各々が食堂に向かったり弁当を広げたりと、午後の週最後の仕事に備えている。
 僕もクールの弁当を広げ、中にぎっしり詰め込まれていた小籠包を食べていた。


(;=゚ω゚)ノ「センパイ、お顔大丈夫ッスか?」

(;##)ω^)「大丈夫だお」

(=゚ω゚)ノ「そうならいいんスが……」

(;##)ω^)「人の心配する前に、自分の心配をするんだお。そろそろ彼女の一人や二人……」

(;=゚ω゚)ノ「き、肝に銘じるッス!」

('、`*川「あら、じゃあ今夜お食事でもどうですか?」

(=゚ω゚)ノ「いいッス」

('、`*川「なんでよー」

(=゚ω゚)ノ「自分はイイ人を捜すために勉強するッス」

('、`*川

(;##)ω^)「(伊予……)」


.


81 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:11:45 ID:K2gJjNsYO
 


('、`*川「じゃあ私があれこれ教授してあげるからさ」

(=゚ω゚)ノ「本読んだ方がはやいッス」

('、`*川


 僕は、思わず噴き出した。
 小籠包を食べ終えたあと、トイレで抱腹絶倒したのは言うまでもない。

 そういえば、伊予と同期の伊藤もまだ独身だ。
 まあ、それを言えば渡辺も同期だが、彼女は男には苦労していないようだ。


('、`*川っ「今をときめく美女が教えてやるってのよーありがたく従いなさい」

<;=っ゚ω゚)っ「いいようー! いいようー!」

(;##)ω^)ゞ お前の事は忘れないお……。


 伊予は必死に抵抗したが、結局伊藤に連れ去られてしまった。
 デスクにしがみつき首をぶるんぶるん振ったが、伊藤が
 伊予の鳩尾に一発重いのを入れ、彼は敢え無くダウンしたのだ。

 彼に敬礼を送り、小籠包の最後のひとつを口にした。
 小籠包四つは、いくらお昼だからといってとても食えたものではない。
 とはいえど、一つでも残せば晩にはまた小籠包が出てくるのだ。


.


82 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:12:55 ID:K2gJjNsYO
 


从'ー'从「ペニちゃんと伊予クン、早速上下関係ができてきましたね~」

(;##)ω^)「お?」

从'ー'从「なんで伊予クンなんかがいいんだろ…」



 恋と言うものは、本当に些細なところから顔を出すものだ。
 そして、相手を想ったり、結婚を考えたり、時に喧嘩したり。
 そのどれもが愛おしく思える時が一番幸せなんだと気づいたのは、いつの頃か。

 今では、家に帰れば嫁がいると思って当然の日々だ。
 当然、クールがいなくなるなんて、思うこともないのだ。



.


83 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:14:27 ID:K2gJjNsYO
 







(=゚ω゚)ノ「センパイ」

(;##)ω^)「お?」

(=゚ω゚)ノ「伊藤クンに妙な質問されたんスが……」

(;##)ω^)「なんだお」


 終鈴が鳴り、重い気分で椅子から立った。
 鞄に帰り支度を整え、浮かない気持ちを振り払おうという時、伊予がそう言った。

 伊予に限って質問とは珍しい。
 右目の上の瘤をさすりながら聞いてみた。


(=゚ω゚)ノ「朝の味噌汁の好きな具はなにって聞かれたんスが……」

(;##)ω^)

(=゚ω゚)ノ「自分、朝はスープ派なんスよ」

(;##)ω^)

(=゚ω゚)ノ「なんて答えたらいいんスかね?」

(;##)ω^)

(;##)ω^)「そのまま答えろよ」

(;=゚ω゚)ノ「そうスね! いやあ、助かったッス! 渡辺ちゃんに聞いても」

(=゚ω゚)ノ「『伊予クンにぶーい』」

(;=゚ω゚)ノ「としか言ってくれないんスから……」

(;##)ω^)「うん、間違ってないよ」


.


84 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:16:12 ID:K2gJjNsYO
 


 伊予は礼を言いながら、足早に会社を出て行った。
 どうして急ぐのかと思った次の瞬間、すぐに理由がわかった。
 伊藤が、猛スピードでそのあとを追いかけて行ったのだ。
 胸中で伊予に合掌しつつ、僕も会社をでた。


 外は月の光が射されてなくて、気味の悪い薄暗さが街を支配していた。
 湿気が高く、滲み出る汗と混ざって、不快感を覚える。
 今にでも降り出しそうな程の雨雲が立ちこめていた。
 家に着くまでに降らなければいいが。


(;##)ω^)「(雨は嫌いなんだお……)」

 雨降って固まった地面は、もう一度雨が降れば柔らかくなる。
 また、同時に泥や塵などの汚れが浮かんできて、地表に現れるのだ。
 それは果たして環境だけに関係のある話なのか、と言われると、首を横に降らざるを得ない。

 雨は、少なからずや、人の心の奥底に眠った嫌な記憶までをも呼び起こすものだ。
 恐らく、こんな考えを抱くのはクールも一緒だ。
 いや、クールの方がその度合いは酷いものだろう。


.


85 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:17:31 ID:K2gJjNsYO
 


(;##)ω^)「ただーいまー…」


 今日は、家の鍵は開いていた。
 もし開いてなければどうしようか、というのは杞憂で済んだ。

 扉を抜けると、平生と何ら変わらない玄関が、そしてエプロン姿の妻が出迎えてくれた。
 それらの上から柔らかな明かりが僕を包んでくれて、我が家だな、としみじみと思えた。
 彼女はたまたま料理をつくっていたようで、右手には包丁が握られている。
 玉葱でも刻んでいたのか、包丁にはその屑が付いていたし、目には涙が浮かんでいた。


川 ゚ -゚)「おかえりなさい」

(;##)ω^)「今日はハンバーグか何かかお?」

川 ゚ -゚)「そうなんですが困ったことにミンチがありませんの」

(;##)ω^)「じゃあなぜハンバーグにしようと思った」


.


86 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:18:41 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「でもよかった、ちょうどいいところに帰ってきてくれて――」

 彼女は言葉を濁したかと思うと、無表情のまま包丁で僕の腹を指してきた。
 すっかり情けない形状になっている僕の腹は、全て小籠包とビールのせいだ。

 二、三回揺らしてからクールと視線をあわせ、二人同時に笑った。
 ただ「ははは」と声にしただけで、クールは全く笑っていない。



川 ゚ -゚)「―――早速」

(;##)ω;)「このお肉はだめだお! 夢と希望が詰まってるんだお!」


 腹をさすり、どんと突き出して言った。
 さすがにクールもこればかりは可笑しかったらしく、くすっと笑った。
 互いにこの歳になっても、童心を忘れないでいられるのは素晴らしい事だ、と思った。


.


87 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:20:36 ID:K2gJjNsYO
 


 元の無表情に戻り、包丁を握った手をぶらんと垂らして彼女は話を切り出した。


川 ゚ -゚)「じゃあなににします?」

(;##)ω^)「小籠包以外なら何でもいいお……。カップラーメンでも何でも……」

川 ゚ -゚)「だめですよ、身体に悪い」


 反論する気にもなれないが、朝だろうと昼だろうと、
 まして晩だろうとお構いなく脂ぎった小籠包を食べる方が健康的ではない。

 それは、彼女と幾十年を共に暮らしてきたなかで培った、ひとつの教訓だった。
 小籠包を無理して食べた後は必ずと言っていい程不快感に苦しむ事になる。
 それにビールが加われば、尚更だ。


(;##)ω^)「その前にお風呂に入りたいお……。外じめじめしてて気分が悪いお」

川 ゚ -゚)「そういうと思ってお風呂は張ってません」

(;##)ω^)「はは、こやつめ」


.


88 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:22:10 ID:K2gJjNsYO
 


 今の話の流れからして、恐らく風呂の話もクールのジョークだ。
 僕は笑いながら鞄を預け、靴や畏まった服を脱いで風呂場に向かった。
 結局帰宅の道中で雨が降る事はなかったが、高い湿度が下がる気配を見せる事はなかった。

 だから、溢れかえる湿気が汗と手を組む事になる。
 シャツが肌にひっついてしまい、嫌悪感が半端でない。

 そんな嫌悪感と漸くおさらばできると思い、
 一糸纏わぬ姿になって風呂場に入ると、恐ろしい事がわかった。
 クールは、本当に風呂を張っていなかったのだ。




(;##)ω^)


(;##)ω゚)「うそぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」



.
97 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 18:58:16 ID:K2gJjNsYO
 







 包丁に生ゴミの玉葱の屑を付ける事で、ごまかしは効いただろうか。
 いつ雨が降り出すかわからない天候で、少し気が落ち込んでいたのだ。
 人々の悲しみを溜め込んだ雨雲が、少しでも早く私のもとからどこかへ吹き飛ばされてほしい。
 そう思っているうちに過去の悲劇を思い出して、ふと涙腺が緩んだのだ。
 ブーンに見せる訳にはいかないので、ごまかそうと考えた訳だが。

 夕食は本当は小籠包と言えず、ハンバーグなんて嘘を吐いたが結果的には問題なかった。
 それよりも、風呂を張ってないと言ったのにどうしてブーンは風呂に浸かろうと思ったのか。

 その理由を突き詰めてみると、どうやら風呂の話までジョークだと思われたに違いなかった。
 先ほどの嘘が、全く別の形状を伴って弊害を生むとは思いもしなかった。


 ――尤も、反応が面白そうだから放っておいたのだが。




  「うそぉぉぉぉぉぉぉぉッぉお!?」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「予想通りすぎて怖い」


.


98 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 18:59:48 ID:K2gJjNsYO
 


 彼の悲観の叫びを無視して、味噌汁でもつくろうかと思い厨房に立った。
 彼は薄味の合わせ味噌が好きなので、むろん今宵もそれを作る。
 わかめ、豆腐を用意するだけで、簡単ながらも味噌汁はできる。

 コンロに手をかけ、火を付けようとした時だ。


川 ゚ -゚)「ん?」

 風呂場の方から、シャワーが床を叩く音が耳に入ってきた。
 意地でも身体を洗いたかったようで、やむを得ずシャワーを浴びる事にしたようだった。
 彼は昔から浴槽に張られた湯に浸かるのが好きな分、少し異様な光景のように思えた。


 微笑ましく思っていると、ふとある事が脳裏に浮かんだ。
 確か、今彼の顔は―――


.


99 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:00:47 ID:K2gJjNsYO
 



  「あにゃああああああああああああッ!」



川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「顔面にもろに喰らったな……」


 元凶は他でもない私だとして、顔が傷だらけなのを忘れて風呂に入ろうとは、何たる愚行か。
 しかし、ツッコんでやろうとこそ思うが、さすがにこれには同情を隠しきれなかった。

 呆れる素振りだけ見せて、乾燥されたわかめを水でふやかしておく。
 瑞々しい豆腐のパックを見つめていると、風呂場の方から狂気の叫びに近い懇願が聞こえてきた。



  「クー来てくれおォォ! 顔がぁぁ!」

川 ゚ -゚)「ったく……」

川 ゚ -゚)「……着替えでも持っていくか」


 彼の声にかき消されぬよう応答を返して、コンロの火を止めた。
 タンスから着替えを持って、俯き気味な姿勢のままで風呂場に向かった。




.


100 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:02:13 ID:K2gJjNsYO
 






( *^ω^)「おっおっ」

 顔が紅潮しているのは、熱いシャワーでとことん身体を温めた
 だけでなく、僕を支配していた嫌悪感を根刮ぎ洗い落とせたからだ。
 決して他意、下心はない。

 一時間ほどかかったのち、風呂から上がってはクールに往復でビンタを喰らった。
 だが、彼女の態度を窺うだけで照れ隠しのビンタだろう、とすぐにわかった。
 そのため僕がにやにやしていると、股間を膝で蹴り上げられ、少しの間悶えていた。

 そして今、冷めぬ温もりを持っているまま、クールに顔の手当をしてもらっていた。
 ラフな恰好で、献身的に消毒液やら絆創膏やら用いて手当に励んでくれている。
 椅子に座っている僕に対し、彼女は立って屈んでいるため、必然と僕の視線は釘付けにされてしまう。
 さっきの今のため、やはりどうしても意識してしまうのが、男としての情けない習性だった。


川 ゚ -゚)「ん?」

( *^ω^)「……」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「たたないうちに捻り潰すぞ」

( ;ω;)「そういうのは実行する前に言ってぇぇぇぇ!」


 この情けない習性は、おそらくいつの時代でも男が持つ悩みのひとつになっているのだろう。
 それを身を持って痛感した日だった。



.


101 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:03:43 ID:K2gJjNsYO
 







 日頃学校や仕事に追われている人は、決まって休日と出勤日とで提げる時計の性能が違うのだ。
 出勤日は六十秒ではなく七十秒程で一分になるのに対し、
 日頃の多忙、喧噪から解き放たれる日は四十秒ほどで一分になる。

 その時計は、世界のどんな時計屋に持っていっても修復不可能な程複雑な仕様の時計である。
 いくつもの歯車、発条が絡み合った時計だけに、
 ひとつの事象が狂うだけで大きな誤差を生み出す。

 その事象というのは、実に様々だ。
 一日の天候、湿度、曜日、蝉の鳴き声から、朝の星占いまで。
 そのどれもが、この世界一安定性のない時計の歯車に加わるのだ。


 発条を回す必要はない。
 自分が生きているだけで、勝手に歯車は回るのだから。

 その時計の枠組みの構造も、至極単純である。
 主成分は、精神のみだ。



.


102 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:06:04 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)

( ^ω^)「もう土曜日が終わってたなんて……」


 だから、僕は溜息を吐く。
 せっかくの休みが、風のようにどこかへ飛んでいっていたからだ。

 朝の小籠包を食べながら、そう思考に耽っていた。
 一噛みするたびに溢れ出す肉汁が、口内に広がる。
 柔らかな弾力の生地を何度も噛むにつれて、徐々に小籠包はその形をなくす。

 傍らに置かれた椀を手に取る。
 スーパーで買ってきたであろう、安物の即席中華スープを口に含んだ。
 形状をなくした小籠包が、中華スープに包まれて喉の奥へと進んでゆく。

 巧みに隠された化学調味料独特の後味を噛み締め、ふぅ、と溜息を吐いた。
 なにも、この小籠包が絶品すぎて出た、安堵の吐息ではない。

 いや、これでは語弊が生じてしまう。
 決して、この小籠包が不味だという訳ではない。
 寧ろ、小籠包そのものとしては非常に絶品なのだ。
 我が愛妻のクールが作る小籠包は、なぜかそこらの高級中華料理店にも引けを取らない完成度を誇る。


.


103 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:09:59 ID:K2gJjNsYO
 


 なにが嫌なのか、原因を模索する必要もなかった。
 単純にして明快、人間の誰しもが抱く感情である。

( ^ω^)「なにが嬉しくて、毎日小籠包を……」


 ここ数日で食した、小籠包以外の食事は伊予と行った居酒屋の料理と納豆だ。
 つまり、この蟠りの主成分は、小籠包ではなく「飽き」だという事だ。
 さすがに、どんな絶品でも飽きには抗えない。

 その証拠に、僕の目の前にある蒸籠には、絶品の小籠包が二つ、まだ存在感を示し付けていた。
 それも、物乞いする老人に差し出せば靴を舐めさせる事くらい容易いであろう程の絶品を。
 もう食べようだなんて到底思えないのだ。


.


104 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:11:49 ID:K2gJjNsYO
 


 そもそも、事の発端は朝起きた時だ。
 休みの日は、基本寝たいだけ寝る。
 昼過ぎになろうが、睡眠欲に駆られるがまま横たわるのが僕の信条だ。

 その信条があっさり砕かれたのは、仰向けの僕の腹を、クールが踏みつけたためである。
 それも、優しく、労るような踏み方ではない。
 全体重を踵に籠め、軽く跳ねてからの踏みだ。

 彼女は女子大生並な軽さのため、内臓が破裂する事はなかったが、如何せん痛い。
 それこそ耳元でダイナマイトが爆発したかのように、がばっと僕は上体を起こした。
 そして化粧面の彼女がぐいっと顔を近づける。


川 ゚ -゚)『出掛けてきますから、起きて布団を畳んで着替えて顔洗って歯磨き。
     全部済んだら台所に朝ご飯がありますからそれ食べて。
     それでまだ暇だったらわんわんおとでもじゃれてなさいな』


( ^ω^)

( ^ω^)『もう少し寝た――』



 するとクールは僕の背後にまわり、抱きついてきた。
 いや、これは愛の抱擁ではない。

 四肢を僕の躯に巻き付けた上での、プロレス技だ。


.


105 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:14:51 ID:K2gJjNsYO
 


( ;゚ω゚)『あべべべべべべッ?!』

川 ゚ -゚)『伊達に鈍っちゃいませんよ』

( ;゚ω゚)『ロープ! ロープ!』


 首に巻かれた彼女のしなやかな腕を、数回叩いた。
 僕を解放して立ち上がり、去り際に言った。
 まるで今の一連の流れがなかったと思わせるような、自然な動きだった。


川 ゚ -゚)『じゃ、行ってくる』

(;^ω^)『おおぅ……』


 そして、言われた事を全てこなした上でありついた食事が、小籠包だったのだ。
 ここまで来るとお約束すぎて、リアクションに困るだろう。

 一通りの家事をこなせる僕は自前で料理もできるが、
 それがばれると、彼女はお涙頂戴の演技で僕を困らせる。

 そして頭を掻きながら小籠包を二つだけ食べて、現在に至る。

 朝食での飽きとの戦いもも程々に、仕方なしに外に出た。
 まだ午前七時過ぎで、休日にこんな早起きをするのは久しぶりだ。
 嗅ぎ慣れない休日の朝の空気を肺にいっぱい溜め、家の中の古びた空気を吐き出した。
 新鮮な気持ちにはなれたが、やはりもやもやしてしまう。


.


106 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:16:38 ID:K2gJjNsYO
 

( ´ω`)「むなしいおー」

(∪^ω^)「わんわんお!」

( ´ω`)「わんわんおはいいおね、気軽で」

(∪^ω^)「わんわんお!」


 どんな因果か、自宅の目の前の電柱の足下に捨て犬がいた。
 丁度二年ほど前で、夫婦揃って傷心状態だった僕らはこの犬を可愛がっていた。

 それを皮切りに、捨て犬は僕に懐くようになり、なぜか顔が頗る似てきた。
 大好物はクールの作る小籠包。


(∪^ω^)「わんわんおっ!」

( ^ω^)「お、小籠包かお? 余ってるからあげるお!」

 一旦自宅に戻り、小籠包を蒸籠からひとつ取り出してはわんわんおにあげた。
 とても旨そうに、幸せそうに食べるため、見ているこちらまで幸せな気分になるのだ。


 昨日の雨雲は、未だにここら一帯を太陽から遠ざけている。
 洗濯物が乾かないとのクールの愚痴も、強ちわからないでもない。

 湿気がひどく、豪雨が降るよりもひどく遣る瀬無い気持ちになる。
 もしこれで晴天なら、フリスビーでも持ってわんわんおと公園に繰り出すのだ。


.


107 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:17:34 ID:K2gJjNsYO
 


( ´ω`)「雨は嫌いだお」

(∪´ω`)「くぅ……」


( ゚ω゚)「なにもかも悪いのは社会だお!」

(∪゚ω゚)「お!」


( *^ω^)「だからストレス発散するのも大事だお」

(∪*^ω^)「わんわんお!」


( ^ω^)「というわけでばいぶーだお」

(∪^ω^)

(∪^ω^)「お?」


 僕は、文字通りるんるん気分で家に帰った。
 覚束無いスキップだったため、ご近所さんに見られていたら恥ずかしい。



.


108 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:19:36 ID:K2gJjNsYO
 







 時計を見ると、思っていたよりも広い歩幅で針は進んでいた。
 結婚当初にブーンに買ってもらった銀の時計は、未だに寸分狂わず廻り続けている。
 だが、それすらをも疑わざるを得ない程、時計の針が進むのは速かった。

 着慣れないスーツ姿のため、歩きづらい。
 一向に退散を見せない雨雲は、いよいよ暗さを伴ってきた。

 自然と、自分の歩幅も広くなる。
 大股で歩くと、決まって転んでしまうのだが、今はそれを憂慮している場合ではなかった。
 帰りに買った花は、瑞々しさを失いつつあったからだ。
 転ばないように、でも枯れないように、二つの均衡を保てる速度で歩みを進めていった。


川 ゚ -゚)「いい花をよこせってんだ」

川 ゚ -゚)「……む」


 長らく外出していたため、寂しさを隠すべく独り言を漏らした。
 誰も聞いてないとは思うも、言ってからどこか恥ずかしさを感じる。

 そして自宅を前に立つと、予測しなかった声が発せられた。
 玄関傍のスモークガラスからは明かりは漏れていないのだ。
 というより、一階全域から明かりは視認できなかった。


.


109 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:21:07 ID:K2gJjNsYO
 


 あまりに長時間帰宅しなかったため、彼はゴルフの打ちっ放しにでも行ったのだろうか。
 若しくは、いい加減小籠包にも飽き、洒落た喫茶店で軽食でもつまんでいるのか。

 ダンボール箱に入ったわんわんおの餌箱に、それと
 思わしき残骸があったため、可能性としては大いにあり得た。
 昼食を用意せず出て行き、まして今は午後四時過ぎのため、尚更だ。


川 ゚ -゚)「わんわんおー」

(∪;^ω^)「くぅ……」

川 ゚ -゚)「どうした? おなかが空いたのか?」


 わんわんおの頭をわしゃわしゃと撫でる。
 どういう事か、普段なら千切れんばかりに尻尾を振り飛びついてくるのだが、今日は様子が違った。
 しゅんとした――いや、どこか焦りと不安が感じられる顔色で私を見つめてくる。

 調子が悪いのかと思い手を離すと、背後から物音が聞こえた。

 背後とは、自宅の二階だ。
 タンスが倒れるような音を聞きつけ、はっとして振り返った。


.


110 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:22:52 ID:K2gJjNsYO
 


 刹那、その部屋――ブーンの部屋――に明かりが灯された。
 窓越しに人影がぬっと現れては、暴れ回っている。


川;゚ -゚)「ま、まさか―――」


 すぐさま踵を返して扉に向かった。
 玄関の鍵は開いていた。

 ブーンのグロックスは乱れて放置されている。
 その事が、私にあるひとつの事態を危惧させた。



川;゚ -゚)「(強盗――ッ!)」


 ブーンは元ラグビー部主将で、体つきもそれなりな力もある。
 しかしそれは若かりし日の話で、今では冴えない中年だ。
 情けなく蓄えられた腹の脂肪が、それを物語っている。

 ごろごろしていたブーンは、家の鍵をかけ忘れていたのだろうか。
 そして、強盗に狙われたのではないのだろうか。

 様々な推測、不安が交錯して、いよいよ私の緊張感は高まってきた。
 ハイヒールをを脱ぎ捨て、急ぎ足で階段を上っていった。



 直後、この世のものとは思えない叫び声が耳を突き抜けた。


.


111 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:24:01 ID:K2gJjNsYO
 



  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


川 ゚ -゚)


  「ぬおおおおおおおおおっほほほぉぉぉぉぉッぉお!!」


川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚) ……。



 駆けていた足は自然と止まって、平生通りの足取りでブーンの部屋に向かった。
 そして躊躇いなく扉を蹴破った。
 比喩ではなく本当に蹴破った。

 そこには、ヘッドホンすら付けていないブーンが、テレビを前にのたうち回る絵図が繰り広げられていた。
 画面にはこの世に存在するとは思えない程の美少女が。

 爆発音とも聞き違える扉の破壊音は、彼の耳には届いてないようだった。


.


112 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:26:12 ID:K2gJjNsYO
 


ξ;゚⊿゚)ξ『なにこの白い水着?! こんなの着れっての!?』

( *^ω^)「白スクは天使の神器だおぉぉぉぉぉぉッ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ『ばッかじゃないの!?
       水泳の授業にこんなの着ちゃバカ丸出しじゃない、バカ! キモ豚!』

( *^ω^)「ぶふぉぉぉぉぉぉぉッぉお!!
      キモ豚萌え豚ぷぎィィィィィィィ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ『涎出すなぁぁぁぁぁっぁあ!』

川 ゚ -゚)『さすがにキモいな』

川 ゚ -゚)「まったくだ」

( *^ω^)「この涎は――」



( ^ω^)「―――ッ」

( ^ω^)


川 ゚ -゚)

( ^ω^)

川 ゚ -゚)

(;^ω^)

川 ゚ -゚)



.


113 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:27:11 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「お帰り! 小籠包一個だけわんわんおにあげたお」

川 ゚ -゚)「そう、美味しそうに食べてたか?」

( ^ω^)「見てるとおなか空いてきたから、僕も残り一個の食べた程だお!」

川 ゚ -゚)「それはよかった。今晩も小籠包にしますね」

( ^ω^)「それは勘弁」

川 ゚ -゚)「ははは」

( ^ω^)「ははは」

川 ゚ -゚)

( ^ω^)

川 ゚ -゚)


( ^ω^)「風呂掃除でもしてくっかぁ……」

川 ゚ -゚)「待て」







  「いやアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッ!!!」


.


114 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:28:17 ID:K2gJjNsYO
 


 すぐさまブーンを押し倒して、朝のサブミッションより数段厳しい技を決めた。
 脚でブーンの首を捕らえ、腕で下半身を捻るようにして締める。
 そのまま彼を蝦と真逆の生物にすべく、腰を凄まじく曲げた。

 すぐにブーンはおちて、首に回した脚を叩いた。
 降参の合図ではあるが、彼は決まって技をかけるとすぐに降参に出る。

 解放してすぐに、彼を正座させた。
 むろん私は立って彼を見下ろしている。


川 ゚ -゚)「……」

(; ω )「……」


 静寂が痛い。
 上に立つ私でさえそう感じるのだから、ブーンに至っては尚更だろう。
 たった数秒だけの静寂が、狂った歯車のせいで数時間にも長く感じられた。

 六秒ほどで私の方が耐えきれなくなり、口を切った。
 実際は、まる一日もそのまま過ごしたかのように感じられたのだが。
 あくまで壁にかかっている時計は、六目盛り分しか動いていなかった。


.


115 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:29:32 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「どうして観るんだ。あれほど言ったのに」

 一言目が、それだった。
 訊かなくても理由は痛いほどわかるというのに、なぜか訊いてしまう。
 まずは話をしようという空気をつくり出さなければ、私の方が先に折れてしまうのだ。

 その問いかけに対し、ブーンは小さく答えた。


(; ω )「……捨てられないお……」

 小さく、ただそれだけを囁いた。
 痛いほどの静寂だからこそ、それが聞こえた。

 なにを捨てられないのか、聞くまでもない。
 ビデオそのもの、ビデオにかける執着、
 ビデオによって得られる娯楽、至福、その他全部。
 ブーンにとっては、どれも自分という存在を構築するのに欠かせない部品なのだ。

 そういう事は、わかっている。
 わかっているからこそ、彼をその依存から
 断ち切らなければならない気持ちでいっぱいだったのだ。


.


116 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:32:14 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「……ブーン」

(; ω )「……」

 返事はない。
 向かいの、カーテンのかかった壁に跳ね返って、自分の声が戻ってきた。

 ひどく低く、恨めしげな声だ。
 仮にブーンと立場が逆転していると、間違いなく恐ろしいあまり泣いてしまう。

 気持ちトーンを上げて、続きを言った。


川 ゚ -゚)「どうしても……捨てられないか?」

(;^ω^)「ッ!」


 「何を」かは、言わなくてもブーンに通じる。
 ビデオの話ではない。かといって、執着でもない。
 もっと、大事なものだ。

 それを知ってか、ブーンはがばっとこちらを見た。
 動揺の色が、顔一面に広がっていた。


(;^ω^)「あたッ、当たり前じゃないかお!」

川 ゚ -゚)「なにも、全て捨てろとは言わん。
     『こんなのもあったな』と懐かしむ程度で、軽い気持ちで――という意味だ」

(;^ω^)「無茶だお! 僕からこれがなくなると、生きる気力すらなくなるお!」


 先ほどまでの静けさとは違い、途端に声が荒くなった。
 日頃の飄々とした態度は、全く見てとれない。

 そして、本当に生死について考える姿勢をとるつもりかのように見えた。


.


117 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:33:36 ID:K2gJjNsYO
 


 たかがビデオ如きに――なんて事は言わない。
 「そうか」とだけ言って、私も正座した。
 いや、少し姿勢を崩し、横座りをした。

(;^ω^)「捨てろ、忘れろ―――なんて言うのかお?」

川  _ )「……」


川 ゚ -゚)「程々に、と言ったはずだ」

 少しだけ俯いてから、目を見て言い切った。
 だが、ブーンにとっては程々なんて中途な値は存在しないのだろう。
 そこは、イチかゼロか、の世界のようだ。

(;^ω^)「逆になにが悪いって言うんだお!
      ビデオを観る事くらい……」

川 ゚ -゚)「君の場合はそれだけにとどまっていない。自覚しているだろ」

(;^ω^)「………」


 今度は、ブーンが俯いた。
 私の膝が、ちょうど視界の上に来るように。

 そして、そのままそっと瞼を伏せた。

(; ω )「………」



(; ω )「捨てられなかったら……なんだ、って言うんだお」

川 ゚ -゚)「……」


.


118 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:34:36 ID:K2gJjNsYO
 

 またも小さく、ブーンは言った。
 この問いに、私は、しっかりと答えなければならない。
 そのつもりで、この問いを投げかけたのだから。

 いざ言おうとすると、喉が締まる。
 心臓の鼓動が速くなり、全身に汗が滲む。
 視界が暗転し、意識がどこか遠くへ飛んでいってしまいそうな気になった。

 飛ばされないように、気合いで意識を呼び寄せる。
 拳に力を籠め、目を見開いた。

 呼吸を整え、静かにこちらの返答を待つブーンに、それを届けた。


川 ゚ -゚)「……」

川 ゚ -゚)「どうしても、捨てられないと言うなら……」





川  _ )「……わ、私と……別れてくれ」




.


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