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ξ゚⊿゚)ξは画面の世界の住人のようです その3 

119 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:36:27 ID:K2gJjNsYO
 


 言った瞬間、全身を巨大なプレス機で押しつぶされたかのような錯覚に見舞われた。
 震え、聞こえるかすらわからない程か細い声で、言い切った。
 自分でもよく言えたな、と思った程に、それは苦しい発言だった。

 目に涙が滲んでくる。
 それをぐっと堪え、柄でもなく顔を紅潮させ、ブーンの方をじっと見つめた。

 ブーンはこちらを見つめたまま、口をぽかんと開いて唖然としていた。
 彼が言葉を話せるようになるまで、十秒程を要した。


( ;゚ω゚)「―――、……なに言って……?」

 正座を崩して、四つん這いになりつつもこちらに顔を近づけてきた。
 状況を呑み込めないようだったため、まだ説明しなければならないと思った。

 いや、呑み込めてはいるだろう。
 言ってきた通り、どうしてそんな事を言うのか、がわからなかったように見えた。


川 ゚ -゚)「日頃の……特に、最近のブーンの動向は、目に余る」

川 ゚ -゚)「どうしてもビデオを捨てられないなら……私は、君を見ていられない」

川 ゚ -゚)「それ故の、判断……だ」


.


120 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:38:43 ID:K2gJjNsYO
 


( ;゚ω゚)「……! ばか言うなお……」


 静かに私の言い分を聞いていたブーンが、漸く絞り出した声はそれだった。
 確かに自分でも馬鹿げている、と思っていた。

 だが、もう見ていられなくなったのだ。
 狂ったかのようにビデオに固執する、ブーンの姿を。

 それを丁寧に言っても、ブーンは馬鹿げていると言いたげな顔をしていた。


( ;゚ω゚)「そんな……そんな事を……言われても……」

川 ゚ -゚)「………ブーン、よく聞いてくれ」

( ;゚ω゚)「世間体を気にしてるのかお?
      だったら今度からは絶対に声を出さず、静かに観るお」

川 ゚ -゚)「違うから、聞いてくれ」

( ;゚ω゚)「世間で言う幼女趣味、ロリコンとか言うのが嫌いなのかお?
      僕は現実と画面の世界とはきちんと分別をしっかり弁えてるから、心配しないでお」

川  - )「……聞いて……」

( ;゚ω゚)「電気代かお? 休日出勤でもしてもっと稼いであげるお、だから―――」



 思わず、怒鳴ってしまった。




川  - )「違うから、聞いて!!」

( ;゚ω゚)「―――ッ」



.


121 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:39:46 ID:K2gJjNsYO
 

 私は、滅多な事では感情を表に出さない人間だ。
 辛い、悲しい、寂しい、楽しい――そのどれも、顔や声、態度に出る事はない。

 そんな私が、どうしてここまで感情的になっていたのか。
 のちの私に問えば、返答に詰まる事だろう。

 だが、今は途方にもなく、感情的になっていた。


川 ゚ -゚)「……君がそれらのビデオを観たがる気持ちは、よくわかる」

川 ゚ -゚)「観ていて癒されるのも、活力を分けてもらえるというのもわかる」

川 ゚ -゚)「寧ろ、もっと観ててくれても構わない。ビデオを観るだけ、なら」

川  - )「でもな……」






川  - )「いくらビデオを観ようが、ツンは生き返らないんだぞ!」





.


122 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:41:23 ID:K2gJjNsYO
 


(; ω )「………ッ」



 私の、心の底で巣くっていた澱みが、ついに氾濫してしまった。
 顔に出ない分、そういった感情は一方的に溜まりやすい。

 それが増幅し溢れかえってしまうと、クールだろうが
 ドライだろうが関係なしに、本心を優先させてしまうのだ。


川  - )「生前のツンの姿を観て、あの頃を思い出すのはいいさ」

川  - )「天真爛漫で、じゃじゃ馬で、でも人形のように可愛い。
     そんなツンとの思い出を、振り返るなとは言わない」

川  - )「私だって――時々アルバムを捲っては、
     笑ってるツン、泣いてるツン、怒ってるツンを目で追ってる」

川  - )「でも………でも………」




 ああ、どうして。


.


123 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:42:51 ID:K2gJjNsYO
 



川 ; -;)「ツンは死んでしまったんだ! それくらい、いい加減わかれよ!」



 どうして、私は涙を流しているのか。
 これも、のちの私に問おうが、決して明確な返答はないに違いない。

 涙など、学生時代に先生に怒られようが、世界一怖い
 ジェットコースターに乗ろうが、見せたことがなかった。
 親が逝く時でさえ、声を震わせた程度で終わったというのだ。

 どうしてか、悲しい、怖いという実感が湧かず、
 現実をそれとなく受け流すくらいしか、今までの経験では無かった。

 自分が産声をあげる時以外では、涙は一度しか流したことがなかった。
 その、たった一度の涙を見せたのは、丁度二年前、雨が降っていた日だ。
 その、涙を流した理由というのが、今涙を流している理由と全く同じなのだ。


 どうして、娘が死んだ、ということに関してだけは、涙を流すのだろう。
 どうして、親が死んでも何ともなかった自分が、娘の死去を前に涙するのだろう。
 決して答えが見つからないであろう疑問を、抱えてきた。
 これからも、それは抱えていくのだろう。


.


124 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:44:39 ID:K2gJjNsYO
 


(  ω )「クー……」

川 ; -;)「いつになったら、ツンは死んだのだ、って現実と向き合えるんだよ! なあ!」

(  ω )「………向き合ってるお。それくらい、知ってるお」


 感情がだだ漏れになっている私を前に、ブーンは冷静を取り繕っていた。
 変わらず小さな声で、否定する。

 だが、私の声を小さくするのは、自分では不可能だった。

川 ; -;)「嘘吐け! ビデオを観てる時の君の態度は、そうじゃない!」

川 ; -;)「……まだ生きているのだ、って気になってるじゃないか!」

(  ω )「………」


 横座りの姿勢を崩し膝をついて、ブーンの両肩に手をかえた。
 そのまま座らせて、身体を前後に揺する。
 力なく揺れるブーンの身体、頭を見て、魂ここに在らず、と言った印象を持たされた。


.


125 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:46:19 ID:K2gJjNsYO
 


(  ω )「………」

(  ω )「じゃあ逆に聞くお……」

川 ; -;)「………?」


 意識してではないだろうが、ドスの利いた、非常に低い声でブーンは言った。
 思わず、矢継ぎ早に物言おうとしていた私の口は、閉ざされてしまった。

(  ω )「クーは、ツンを忘れろってのかお?」

(  ω )「ツンが死んだからって、無かったことにしよう、って気なのかお?」

川 ; -;)「ちが―――」



(# ω )「何が違うって言うんだお!!」


 俯いたまま、ブーンは大声を発した。
 決して、私に殴りかかろうなどとする姿勢は窺えない。
 ただ、言葉で私に殴りかかろうとしているのはわかった。

(# ω )「ビデオを観るな、現実を受け止めろって……」

(# ω )「じゃあクーは悲しくないのかお?
       ツンが死んだことが、最愛の娘を喪ったことが!」

川 ; -;)「悲しいさ。でも、それとこれとは……違う」

(# ω )「違わないお!」


.


126 :クーの涙目が半角でした。すみません。:2012/03/23(金) 19:49:38 ID:K2gJjNsYO
 

 再び、ブーンの一喝で私は黙り込んだ。
 彼も私も、娘の死をこの上なく悲しく思っている事に偽りはない。
 一生に流しきるであろう涙を、一晩にして流し終えた程だ。
 死後一週間は、毎日が生きた屍のような心地だった。

 ブーンにとってもそれは変わらないようで、溜まりに
 溜まった有給を全部使い果たして、ずっと鬱ぎ込んでいた。

 どちらも、娘にかける想いは同じくらいに大きいのだ。
 だから、娘の死についての話なんか、したくはなかった。


(  ω )「……ツンは、丁度僕が会社で、平のサラリーマンとして
       ばりばり働いて、もう精神的にダメだった時に産まれてくれたお」

川 ; -;)「………」


.


127 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:51:45 ID:K2gJjNsYO
 

(  ω )「上司から押し付けられる雑務、裏で囁かれる悪口、決して増える事のない給料、
       クーを待たせたくないのにしなければならないサービス残業……」

(  ω )「もう、会社なんかやめちまえ、そんな時に聞いたツンの産声は……
       どんな天使が奏でるどんな管楽にも負けない、素晴らしい音色だったお」

( ^ω^)「地獄に仏どころじゃない……まさに、女神。
      僕にとっての、生の道しるべ」

( ^ω^)「どんなに会社で雑に扱われても、理不尽な目に遭っても。
      『家に帰れば、ツンがいる』――そう思うだけで、不思議とそれらは消えてって」

(  ω )「クーも尋常ない程愛してるけど、ツンにも負けないくらい、与えれる限りの愛を与えて育てたお」

(  ω )「罵倒されても、杜撰に扱われても、幸せだったお。
       笑ってくれた時なんか、このまま死んでもいいって思えたお」

(  ω )「そんなツンの……え、笑顔が……見られなくなるなんて、だお?」


( ;ω;)「…………当時は……か、考えた事すら……なかったんだお………」





.


128 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:52:48 ID:K2gJjNsYO
 








 昼休み、愛妻の手作りの弁当を広げて、合掌した。
 ちいさなハンバーグに豚の生姜焼き、だし巻き玉子、
 サラダに煮物と総菜が選り取り見取りで、早速食欲をそそった。
 敷き詰められた、光沢の栄える白米の上に、申し訳程度の梅干し。

 実に豪華で、外に金を払ってまで食べる定食よりも大変旨そうな弁当だ。
 声にはしないが、心の中で妻の好意に礼を述べ、箸を手に取った。

 まずは、この渇ききった喉を茶で湿らせる。
 一口、二口と喉に運んで一息を吐いた。
 その上で改めて弁当を眺めると、もう一度息を吐きたくなる。


(=゚ω゚)ノ「あ、センパイ今日は愛妻弁当ッスか!」

( ^ω^)「羨ましいかお?」


.


129 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:54:59 ID:K2gJjNsYO
 

 久々の妻の手作りというだけあって、少し僕は浮かれていた。
 部下の伊予にとっても羨ましかったようで、「おお」と感嘆の声を漏らしていた。

 女とは悉く縁がない伊予は、愛妻弁当というものに憧れるのだろう。
 食べさせはしないが、「ほれほれ」と見せるだけ見せびらかした。


(=゚ω゚)ノ「幸せ者ッスね。くぅ~ッ! 羨ましいッス!」

( *^ω^)「そうだお? そうだお?」

(*=゚ω゚)ノ「美人な奥さんと巡り会えて、可憐な娘さんに恵まれて……
      もう羨ましいどころか悔しいッス!」

( *^ω^)「どれ、もっと悔しがるがいい!」

(;=゚ω゚)ノ「くそ~……。自分も早くイイ人見つけて、口説いて……結婚して。
      まだまだやる事が多いなぁ……」

( ^ω^)「……伊予。出逢いってのは、いつどんなタイミングで起こるかわからないもんだお。
      それまで男を磨いておくことだお」

(=゚ω゚)ノ「センパイ、かっこいいように見えて実はそうでもないッス!」

(;^ω^)「やっかましい!」


.


130 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:56:50 ID:K2gJjNsYO
 


 いつもの昼のように、伊予と取り留めのない雑談を交わす。
 普通の社員ならもたもたしていては、昼食難民となりコンビニで済まさざるを
 得なくなるのだが、伊予は「隠れ家」なる料亭を知っているため、こうして呑気に会話ができるという。

 そのため、僕も遠慮なしに会話を進めていくのだ。
 娘の話題を出されると、ついにやにやせざるを得ない。
 すっかり乗せられ、柄でもない事まで言ってしまうという醜態を曝す事になっていた。


( ^ω^)「お?」

 笑っていると、デスクの上に置かれてある電話が鳴った。
 なんだと思って手に取ってみると、僕の顔から笑みが取れる事はなくなっていた。

 どういう事か、娘の声が聞こえてきたのだ。
 反抗期なのか、僕を罵ってばかりの娘から電話が来るまど、ただ事じゃあない。
 すぐさま有頂天になり、鼻息が荒くなった。


(=゚ω゚)ノ「あ、電話スか?」

( *^ω^)「言ってたら娘から電話だお!」

(=゚ω゚)ノ「じゃあ自分はこれくらいで」

( ^ω^)「おう! たんまり飯食ってこいお!」


.


131 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:58:29 ID:K2gJjNsYO
 


 伊予がオフィスを出て行くのを見届ける前に、耳を
 受話器にぴったりと押しつけ、受話音量を最大限に上げた。
 そのせいか、鼻息が荒いのがばれて、開口一番に罵られた。


  『ちょ……キモいんだけど』

( *^ω^)「どうしたお! なにかあったのかお!?」

 娘の通う中学校は、今日は創立記念日と聞かされていた。
 だから、彼女が電話をかけてくる事に違和感は抱かなかった。

 罵倒を天使の囁きのように受け止め、高鳴る胸の鼓動を押さえようともせずに先を促した。
 それも、室内に残っているOL達など気にも留めず、大声で。
 僕が大の親バカだと言うことは皆が知っている事実のため、気にする必要がないのだ。

 娘の口から放たれる可愛らしい声を、いつまでも聞いていたい。
 ある日、それを本人の目の前で言うと張り手されたが、本心だった。

 そんな声が、僕の耳介に吸い込まれてゆく。
 だが、その瞬間僕の視界は真っ白になった。



  『えっと……。か、カレシ、呼んだから』

( ゚ω゚)


.


132 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:59:53 ID:K2gJjNsYO
 


 右手に籠めていた力が抜け、電話を落としてしまった。
 螺旋状のコードが伸びきり、引き出しの前でぶらぶらと揺れる。

 課内に残っていた人たちが、なにがあったのかとこちらを見る。
 はっとして、慌てて受話器を手に取った。


  『もしもし、聞こえてんの!?』

  『大方、ショックを受けたんだろうな』

  『だから言わない方がいいって――』


 受話器の向こうで、妻と娘が呆れ気味に話している。
 どうやら、クールが僕にその事を話すように促したようだった。
 顔面の強張った筋肉は解せないが、僕は漸く言葉を話せた。

.


133 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:01:05 ID:K2gJjNsYO
 


( ゚ω゚)「だめだお」

  『はァ?』

( ゚ω゚)「今すぐ追い返しなさい、今すぐに」


 冷静な口調になって、追い返すよう指示した。
 まだ中学生の娘に彼氏など、決してあってはならない。
 中学生などという、まともな思考が得られ難い時期につくる彼氏など、陸でない場合が多いからだ。

 しかし、その考えを嘲るかのように笑う娘の声が聞こえてきた。
 後ろではクールが微笑を声にしている様子も聞き取れる。


  『残念でしたー! そういうと思って、もうお話終わりましたぁー』

( ゚ω゚)「ッ! ちょ、母さんに代わるお」

  『はいはい』


 呆れ気味に娘が応えると、やや声が上擦ったクールの声が聞こえてきた。
 まるで、最初から代わるよう促されるのが読めていたかのような手早い動作だった。


.


134 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:03:02 ID:K2gJjNsYO
 


( ゚ω゚)「どういう事だお」

  『カレシさん呼ぶなんて言ったら間違いなく飛んできそうに
   思えたから、呼び終えてから知らせる事にしたのさ』


 確かに、飛んでいく。
 そして、彼氏とやらを追い返す。


  『で、今からツンがカレシさんを見送りに行くところ――』

( ゚ω゚)「ッ! まだ野郎はうちにいるのかお!?」

  『げ』

  『ちょ、おかーさん!』


 クールが言葉を詰まらせた。
 図星、という事だろう。
 このチャンスを逃す訳にはいかない。


( ゚ω゚)「今からうちに帰るから、逃がしちゃだめだお。じゃ」

  『ちょっと――』


 そう早口で言って、返答も待たずに受話器を置いた。
 ひそひそと陰口を叩いているOLなど目もくれず、手早く弁当を片づけた。
 食べるのは帰ってからで構わないだろう。

 資料を全て鞄に押し込み、コーヒーもコップの中身を全部呷った。
 それの苦味を味わう暇も出さずに席を立った。
 この間、五秒も掛かってないだろう。


.


135 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:04:52 ID:K2gJjNsYO
 


 鞄をデスクの上に放り出して、部長のデスクに向かった。
 入社当初から「動けるデブ」との異名を持っていた僕の
 今の動きに、驚いた部長は目を丸くして僕を迎え入れた。
 窓の外を眺めるのをやめて、席に座って。

(;`∠´)「なんだ、どうしたんださっきから」

( ^ω^)「会社早退させてくださいお。では」

(`∠´)

(`∠´)「え?」



 踵を返して帰路につこうとすると、当然ながら部長から制止された。
 普段の僕なら「それはそうか」となるのだが、今はそんな常識すら弁えてなかった。
 急ぎ足でデスクの前に立つと、部長は怒るどころか呆れて物も言えない、そんな風に窺えた。


(`∠´)「あのな、何言ってんだお前?」

( `ω´)「何言ってもなにも、そのままですお!」


 部長の鋭い眼光が、目に突き刺さる。
 だが、負けじと僕も睨み返す。


(`∠´)「早退理由は―――まあ、聞くまでもなく娘関連だな」

( `ω´)「そうですお!」

(`∠´)「病気で倒れたとか、産まれたって訳でもないのに早退が許せるか」

( `ω´)「本気ですお! 早くカレシとやらを追い返さないと――」


.


136 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:06:36 ID:K2gJjNsYO
 

 僕とベル部長は、自分で言うのもなんだが仲がいい方だと思っている。
 接待ゴルフで休日を共にする日も多く、信頼関係は築けている方だと実感している。

 だが、僕の娘に関してだけは、よく部長と諍いを交わすのだ。
 娘が試験で高得点をとったから帰る、と言ってぼや騒ぎになった事もある。
 むろん、それらが僕にとっても会社にとっても決して
 いい事ではないとわかっているので、部長も部長なりにそれを許さない。

 そのやり取りを見てきた他の社員たちの間では、それが
 密かな名物と扱われてる事を知ったのは、ずっと先の話だ。


(`∠´)「だめだだめだ。
     娘さんも思春期なんだからな、恋のひとつやふたつ、許してやれ」

( `ω´)「まだ娘は中学生なんですお! だから――」


.


137 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:08:42 ID:K2gJjNsYO
 


 営業課での密かな名物は、部長のデスクに掛かった一本の電話によって遮られた。
 部長は何度か肯いていると、急に虚を衝かれたような顔をして、
 興奮して肩で息をする僕をじろじろ見て、電話を切った。

 先ほどまで威厳に満ちていた部長の顔は、なぜか途端に蒼くなっていた。
 そんな顔色で向かい合われるため、僕も自然と興奮は醒めていった。

 立ち上がってデスクから上体を乗り出しては、脂汗に頬を伝わせながら口を切ってきた。


(;`∠´)「お、お前の娘の名前、ツン?って言うのか?」

( ^ω^)「あ、ツンってのは『ツンツンしてる』ってところから
      僕がつけた愛称ですお。本当はレイって言いますお」


 それを聞いた部長は、がばっと僕の両肩を押さえてきた。
 「今から言う話を、よく聞け」とまで言ってくるので、
 先ほどまでの興奮など、既にどこかに飛んでいっていた。


(;`∠´)「その子が、交通事故に遭って、病院に運ばれた」


( ^ω^)





( ^ω^)「――――え?」


.


138 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:09:59 ID:K2gJjNsYO
 


 気が付くと、早退の許しも貰わないまま、その場を駆けだしていた。
 デスクの上に置いていた鞄を乱暴に拾い上げて、社員を退かすように。


(;`∠´)「ヴィップ総合病院だ!」

 去り際に部長のその一言だけを聞いた後は、僕の聴覚は機能していなかった。
 心臓が爆発しそうな程高鳴り、鼓動は決して止むことはない。
 日頃の運動不足が祟って足の節々が悲鳴を上げるが、それ以前に痛覚など存在していなかった。

 エレベーターでは遅い。非常用の階段を四段も五段もとばして駆け下りていく。
 屋外に取り付けられた非常階段を使って初めてわかったのだが、外では雨が降っていた。
 天の神様がバケツの中身でもひっくり返したのか、信じられない程の豪雨だった。

 空は黒い雨雲が覆っており、今が正午などと聞いて誰が信じるものか。
 昼である事すら疑わざるを得ない悪天候が、同じく心の中が悪天候である僕を迎え入れた。



.


139 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:11:17 ID:K2gJjNsYO
 


 だが、雹のように強い雨が頭を叩こうが、鞄で雨を避けようなどとは思わなかった。
 せっかく贅沢して買ったスーツは、そんな事など微塵にも思わせない程に雨に濡れてしまっている。

 足場が塗れたせいで、滑りやすくなっている。
 手摺りを掴んで、転ばないように注意しなければならない。
 もし転んだりして、病院への到着が一瞬でも遅れては、元も子もないからだ。

 僕が早くに到着しようが遅くに到着しようが、結果に影響は生じないのに。
 ただ、先を急ごうという考えしか、脳裏には浮かばなかった。


( ;゚ω゚)「ッ! タクシぃぃぃ!」

 エレベーターなんかよりも相当速く下りたであろう僕は、すぐに道路に飛び出した。
 なんの偶然か奇跡か、そこをタクシーが通りかかった。
 先客を送った帰りなのか空いていたため、言うまでもなくそれに食らいつく。

 窓を何度も殴ると、漸く運転手は応じた。


.


140 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:13:31 ID:K2gJjNsYO
 


 窓が下りてきて、運転手の声が聞こえる。
 窓を殴られた事で、怒っているようだった。
  _
(#゚∀゚)「なんだよてめぇ! 割れちまうじゃねーか!」

(#゚ω゚)「うっせーお! とっとと乗せろお!」
  _
(#゚∀゚)「まずは詫びれやァァッ! サツ呼ぶぞ!」

(#゚ω゚)「御託はいいからさっさと僕を乗せろお! ヴィップ総合病院だお!」
  _
(#゚∀゚)「……っ、てめ……」


 逆上させてしまい、逃げられるか。
 はっと、そんな思考が浮かんだ時だ。

 運転手は、急に顔から怒りを消して、真面目なそれになった。
 数秒の間、地面を叩きつける音が二人の間を通っていたあと、
 運転手は怒りを鎮めた声で静かに言った。
  _
( ゚∀゚)「……ヴィップ総合病院だと?」

( ゚ω゚)「―――お?」
  _
( ゚∀゚)「…………乗れ」


 僕が答える前に、後部座席の扉を開いた。
 顔を見て、その通りだと判断したのだろう。
 一瞬なにが起こったのか状況判断が追いつかず、ぽかんとしていた。
 運転手の冷静な声が、僕の意識を現実に引き戻してくれた。
  _
( ゚∀゚)「違うのか? じゃあ置いてくぞ?」

( ゚ω゚)「……あ……。あ、ああ……?」


.


141 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:15:49 ID:K2gJjNsYO
 


 僕が答え渋っているうちに、タクシーが引っかかっていた
 信号が青になり、後ろからクラクションが聞こえた。
 それで僕は漸く正気に戻り、急いでタクシーに乗り込んだ。
 雨で全身が濡れていたため、座席が雨水で滲む。

 扉を閉めると同時に、タクシーはゆっくりと動き始めた。
 この運転手は、客がいないと勝手に曲を流すようで、車内はポップソングが流れていた。
 まるで僕が居ないものだと思っているのか、陽気に音楽に合わせて歌ってまでいる。

 メーターは回っていない。

  _
( ゚∀゚)「夢を~乗せてぇ~、走る~車道ぅ~√」

(;^ω^)「お、おい、メーター回ってないお?」
  _
( ゚∀゚)「んだよ。文句あっか?」


 ないわけがない。
 いくらパニックに陥っていようが怒りを垣間見せていようが、
 僕も教育相当の常識は持ち合わせているのだ。


.


142 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:17:38 ID:K2gJjNsYO
 

 二言目を紡ごうとすると、交差点を大きく左に曲がり、僕は遠心力で右に少しとばされた。
 規定速度ぎりぎりまでスピードが出されている。
 僕は訳がわからなくなっていた。

  _
( ゚∀゚)「客に暴言吐いちまったお詫びだよ」

(;^ω^)「で、でも座席濡らしちゃったお。おあいこだお!」

 すると、運転手は溜息を吐いて、「やれやれ」と言った。
 その間にも、ポップソングは流れている。
 聞き覚えがある曲だったが、タイトルまでは知らない。

 その歌が佳境に入ろうとした時、運転手は答えた。


  _
( ゚∀゚)「運ちゃんは運ちゃんらしく、な」

(;^ω^)「お……?」
  _
( ゚∀゚)「十五分もしないうちに着くだろうよ。それまで、服装でも整えてろ」


 はっとしてスーツを見ると、見事なまでに乱れていた。
 襟は折れ、ネクタイはずれている。
 湿ったスーツの肌に抱く嫌悪感に構うことなく、直していった。

.


143 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:19:18 ID:K2gJjNsYO
 


 タクシーの窓は、六面全部が雨水で覆われていた。
 ワイパーが拭ってくれるフロントガラスでさえ、辛うじて前方がすぐ見える程度だ。

 ポップソングにも負けないほどの雨音が、鼓膜を刺激する。
 その雨音がリズムを刻む事で、漸く自分の現状を見つめ直せるほどに落ち着けてきた。


( ^ω^)「……」

(  ω )「………ツン……」


 両手の指を絡ませ膝の間に置き、屈んだ。
 目を瞑って、全身に力を籠め、娘の無事を祈った。
 世界で一番愛する娘、レイの、無事を。


.
146 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:43:16 ID:K2gJjNsYO
 







 レイの存在は、僕の中に存在する様々な物の中で、一番だった。
 彼女のために仕事も自然と身につき、係長にまで昇進できたと言っても過言ではない。



 レイが小学一年生の時、クールが私事で忙しくてどうしても授業参観に参加できないという事があった。
 慣れてきた学校生活に初めて親が見に来るという、子供にとっては遠足に並ぶ一大行事と見ていいだろう。
 そんな一大行事に母が出られないと知って、レイは顔をしわくちゃにして泣いていた。

 その時、僕はなんの躊躇いもなく会社から休みを貰った。
 かなり強引に言い寄って、馘首に処される覚悟すら持ち合わせて頭を下げた。
 丁度その辺りから、部長は僕のことをある意味において骨のある奴だと見込んでいたらしい。

 そして、クールの代わりに僕が授業参観に出席する事になった。
 小学生のレイが受ける授業は実に初々しくて、見ているだけで頬が緩んだ。
 むろん、他の保護者は全員母だったため、唯一の父だった自分は浮いていた。
 頬を緩めるたびに隣の人に嫌な顔をされたが、別段気にしなかった。

 だが、レイの方はどうだろう。
 女性が集うなかで、自分の保護者だけがこのようなむさ苦しい男だと、苛められやしないか。
 僕が来てしまったせいで、築かれたばかりの友人関係が破綻を迎えるのではないか。
 不安に駆られつつもレイを見守っていると、そのレイは隣の席に座る
 女の子と会話をしては、こちらに振り向いて、恥ずかしげに手を振ってくれた。

 大声で「見てるお、ツン!」と応じたかったが、必死でその衝動を抑えた。
 にこやかに笑み、手首だけでちいさく手を振った。
 自分が来てしまった事にはレイは全く気にかけていない、むしろ心から
 喜んでくれていたようで、僕も心の底から「来てよかった」と思っていた。


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147 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:57:38 ID:K2gJjNsYO
 



 レイが小学二年生になって随分経った頃、レイの動きがややおかしくなっていた。
 僕は早くに会社から帰宅すると、真っ先にレイに「ただいま」と言って抱き上げる。
 高く抱き上げられてはしゃぐレイの姿は、幼稚園児の頃から変わらぬ様子で、仕事で疲れた僕を癒してくれるのだ。
 普段ならそれにあわせてレイも「ただいま」と言ってくれて、たまに頬にキスをしてくれる時もあるのだ。
 その直後、視界が真っ白になって倒れ、クールに迷惑をかけたのはいい思い出である。

 そんなレイが、よそよそしくなっていれば、僕もすぐに気が付くだろう。
 「ただいま」と言おうとしても、ちょこまかと走って逃げ出すのだ。
 最初はかくれんぼのつもりかと思って、僕も彼女のスピードに合わせ追いかけていた。

 だが、レイにかくれんぼのつもりなど毛頭なかったようで、捕まえると泣き喚いたのだ。
 僕もびっくりして、慌てて手を離し、謝った。
 だが聞き入れる様子もなく、泣いたまま自分の部屋に帰っていった。

 加齢臭でもするのか、または父を嫌う年頃になったのか。
 とにかく、泣き喚くとは余程僕が嫌だった、ということだ。
 そう思うと、僕はショックで会社も休み寝込んでしまった。

 そろそろ気疲れもひいてきたか。
 レイに嫌われたのは仕方がないとして、明日からは仕事に行こう。
 そう思った日の晩、寝室にレイがやってきた。
 後ろの方では、クールがにやにやとレイを見つめている。

 どうしたのかと思って布団を蹴り上げ上体をがばっと起こすと、レイの両手が背中に回されているのがわかった。
 「どうしたお?」と控えめに聞くと、一メートル程にまでレイ迫ったレイが、色紙を渡してくれた。
 クレヨンで、歪ながらも色彩のきれいな絵が、描かれてあった。
 僕とクールがレイを挟むように手を握った絵だった。

 そして、言われた言葉で僕ははっとカレンダーを見た。
 照れを隠しながら放たれた「……お、お誕生日おめでとう……?」、という。
 聞くと、絵のプレゼントがばれないように、ここ数日は僕を避けて過ごしていたと言うのだ。


 僕が、初めて娘に泣かされてしまった日だった。


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148 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:00:38 ID:K2gJjNsYO
 


 子供の成長は速いようで、五年生になっていたと気づいたのは丁度夏休みになった頃だった。
 僕の中では、まだレイは幼稚園に通っている印象だったというのに。
 それが、すっかり大人びてきて、クールとガールズトークをする日が増えてきていた。

 また同時に、この頃から僕を罵りもし始めた。
 父親を煙たがるというのは思春期特有の思想のため、別段気にしていなかった。
 寧ろ、健全に成長しているとわかり、嬉しく思えた。

 そんなある日だ。
 レイが、母であるクールと喧嘩をした。
 服が欲しいとねだるのを、クールが叱ったのだ。
 服を買っては三日で飽きて、すぐ新しい服を欲する。
 それを叱るのは、親として当然の事だ。

 レイは、部屋でひとり、肩を震わせているらしい。
 事情をクールに聞いたところ、彼女も「言いすぎたかもしれない」とぼやいていた。
 娘を溺愛するばかりに叱れない僕の代わりに、基本的に躾は母のクールがしていた。
 女の子を母親が躾するのはよくある話だが、クールにとってもレイは大切な娘のため、落ち込んでいたようだった。
 ここでほったらかしていては、レイにとっても教育上よくない。

 レイの部屋をノックして、「入るぞ」と一言断ってから入った。
 室内は明かりがひとつもなく、桃色の壁紙やかわいいぬいぐるみはどれも見えなかった。

 部屋の隅で、声を殺して泣いているレイ。
 彼女を見て、少し胸が苦しくなったが、押し堪えて歩み寄った。
 振り向きもせず「出て行って」と言うレイだが、そういうわけには行かない。

 肩に手をおき、話を聞こうとした。
 しかし、〝嫌いな〟父親と話をするのが嫌なようで、レイは喚きだした。
 置いた手を振り払い、逃げようとする。
 ついでに、力なく蹴ってきた。

 その騒動を聞きつけたクールが、廊下を伝ってやってこようとする。
 その前に、僕の怒声がクールを、そしてレイを制止した。


 はじめて、僕がレイを叱った時だった。


 ぼろぼろと泣き出すも、最終的にはレイも反省し、クールに泣いて謝った。
 謝ったのを見て、僕もレイを抱きしめたのを覚えている。
 大声を出してすまなかった、と何度も言ったのを覚えている。


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149 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:03:39 ID:K2gJjNsYO
 


 気が付けば、中学生という、最も大人に近づく歳になっていた。
 僕の脳内のレイがランドセルを背負っている間に、本物のレイはブレザーに身を包み、桜並木を歩いていたのだ。
 僕の後ろでクールとレイが歩いて、中学への緊張を親子揃って顔面一面に張り巡らせている。

 一旦歩みを止めて、写真を撮ることを提案した。
 レイは当然のようにかぶりを振り罵倒するが、土下座をして地面に額を擦り、
 スターバックスのコーヒーを奢ると約束すると、呆れつつも渋々応じてくれた。

 僕に娘に対するプライドなどなく、許容されてはただ気分の昂揚が収まらなかった。
 呑みにいくのを我慢して、こつこつ貯めて買った一眼レフが役に立つ日がきたのだ。

 高ぶる鼓動を宥め、一本の桜の木を背景にレンズを向けると、レイは途端に慌ただしくなった。
 「どうしたお」と問うと、レンズの映す世界から離れて、クールの手をひいてきた。
 戸惑うクールを尻目に、「やっぱ、撮るならおかーさんと一緒に……」と言ってきた。

 クールは微笑するが、まずはレイ一人の写真を撮りたかったので、
 スターバックスのコーヒーに軽食もつけると言って、半ば強制的に撮った。
 桜を背景に、同じく頬も桜のように染めるレイの写真は、今でもアルバムの一ページに収まっている。

 あの時の、恥じらったレイの写真も、大切な宝物だ。


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150 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:07:04 ID:K2gJjNsYO
 


 中学二年生という、中学校生活が最も楽しいであろう年頃に、またも事件が起こった。
 レイは短距離走を専門に、陸上部に所属するのだが、それを辞めたいと言い出したのだ。

 小学生の頃から、運動会には毎年参観に向かっているためわかるのだが、レイは足が速く、運動神経はいい。
 先生の推薦もあって、レイは陸上部に入ったのだ。
 その陸上部での生活は、一年の頃は円満だったようだ。
 好記録も残すし、走るのが楽しい、と毎日の夕食時にクールに言っていたのを覚えている。

 それを辞めたいと言った理由は、ずばりその記録の事だった。
 まわりが徐々にうまくなっていくのだが、自分だけが取り残されていき、ついに記録を抜かされた、と。
 自分が出るはずだった大会を、後輩に奪われた、と。

 クールは学生時代、運動部に入らなかったため、レイの苦痛がわからず、どう慰めればいいかわからなかったらしい。
 仕事から帰ってきた僕は、机の上に置かれた親の判のない退部届を一目見て、どうしてか怒りを感じた。

 僕は中高続けてラグビー部に所属していた。
 練習してもうまくならない自分を嘆き、何度も退部を考えた。
 だが、それを諦めなかったからこそ、大将まで上り詰める事ができた。

 レイが「練習してもうまくならない」だの、「後輩にまで抜かれてしまった」だのと
 遁辞を並べていくため、ネクタイを外すのも忘れ、途端にレイを怒鳴った。
 自分がそうだったから、という我ながら情けない理由でだが、この時は自分を抑えられなかった。

 当然、レイも年頃だし、言い分だってある。
 「親父と一緒にするな」「男と女は違う」などと。
 レイは涙目で、泣き顔で、鼻水だって拭かずに、僕に食いかかってきた。

 レイには譲れない想いっていうのがあるだろうし、
 僕にも譲れない想いっていうのがあるのだ。


 この日は、レイとはじめて、真っ向からぶつかった日だった。


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151 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:08:54 ID:K2gJjNsYO
 







  _
( ゚∀゚)「着いたぜ」

(; ω )「ッ!」


 レイの無事を祈って目を瞑っていると、自分が知る限りのレイの半生を振り返っていた。
 笑っていたレイ、泣きじゃくるレイ、怒っているレイ、照れているレイ。
 目を閉じた僕の、瞼の裏で確かにレイは生きていた。

 彼女はなめらかに動いているし、雨音やポップソングに混じってレイの声が聞こえてくる。
 そんなレイが、自分より先にいなくなるなんて、考えられない。

 そう思っているうちに、ヴィップ総合病院に着いたようだった。
 扉が開いて、豪雨が地面を叩く音が車内に響き渡る。


(; ω )「……ありがとうだお。金だお」
  _
( ゚∀゚)「俺の詫びだっての。金はいいから、行けって」


 運転手の声は、こちらの事情を知ってか知らずか、どことなく曇っている。
 自分で言うのもあれだが、我が家は裕福ではない。
 まけてくれるならその言葉に甘えるのが普通だった。

 だが、今日に限ってはそうではなかった。
 この運転手には、金を払っておきたかったのだ。


(  ω )「そうかお。じゃあお言葉に甘えるお」
  _
( ゚∀゚)「おう」


.


152 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:10:32 ID:K2gJjNsYO
 


 そして、タクシーを降りて、去り際に座席の上に札を置いた。
 間髪入れずに、僕は扉を閉める。

 窓の向こうで、運転手が戸惑っているようだった。
 助手席の窓を下ろして、声をかけてきた。

  _
( ゚∀゚)「いいって言ってんだろ?」

(  ω )「それは運賃じゃないお」
  _
( ゚∀゚)「へ?」

(  ω )「………」

( ^ω^)「……ただのお礼、だお」
  _
( ゚∀゚)「あ、ちょ――」


 運転手の制止を聞く前に、僕は礼を言いながらタクシーから逃げるように去った。
 病院の自動扉をこじ開け、濡れたスーツの事など気にも留めず、夢中で駆け出す。
 受付カウンターに向かい、レイの搬送された場所を聞いた。

 受付嬢は戸惑っていたが、全身びしょ濡れの姿、そして
 圧倒されるような僕の眼を見てか、怯えながら答えた。
 集中治療室にいる、と。

 それを聞いた僕は、礼を言って再び駆けだした。
 息が切れる事などない。
 ただ言われるがまま、その部屋まで階段を使って走っていった。


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153 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:12:21 ID:K2gJjNsYO
 

 言われた階に着くと、その廊下のずっと先に、椅子に座っている女を視認した。
 屈んでいるせいか、濡れそぼった髪が垂れている。
 言うまでもなく、それが妻のクールだ、とすぐにわかった。

 廊下を歩く患者や看護師を突き飛ばすように、走って彼女のもとまで向かった。
 彼女は顔を手で覆っているため、その様子は窺えないが、声を殺して泣いている事はわかった。

 僕と喧嘩した時も、プロポーズしたときも、親が亡くなった時でさえ泣かなかった彼女が、泣いているのだ。
 とうとう、僕も事の重大さを掴めてきていた。

 同時に、今まで無茶して走った分の反動が一気に襲いかかってきた。
 息が切れ、心臓が太鼓のばちで叩かれている。
 肺が破裂しそうな程酸素を吸い込み、血の味を伴いつつ二酸化炭素を吐いた。

 それを三回ほど繰り返して、漸く落ち着けた僕は彼女の隣に座った。
 震わす肩に手をかけ、自分がきた事を伝える。
 はっとした彼女は、顔を手で覆うのをやめ、こちらを見た。
 随分と泣いていたようで、目が真っ赤になり、髪が貼り付いている。


( ^ω^)「……クー」

川 ; -;)「……ッふ……、……ぅ…」


 嗚咽を漏らし、僕に抱きついてきた。
 愛の抱擁ではない。
 今まで、ずっと独りでここにいたため、孤独に耐えられなかったのだ。
 僕も、そっと抱きしめる。彼女の冷ややかな体温が、濡れたスーツ越しに伝わってきた。


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154 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:15:15 ID:K2gJjNsYO
 


 背中をさすり、彼女を宥める。
 普段冷静な彼女が、ここまで取り乱すとは思ってもみなかったのだ。

 数分ほどして、嗚咽は止んだ。
 だが、その後十分程は、ずっと僕を抱きしめていた。


川 ; -;)「……」

( ^ω^)「落ち着いたかお?」


 少しして、クールはゆっくり肯いた。
 震えながら、僕の背中にまわしていた手をひいた。
 話ができるようになったみたいなので、僕も聞きたかった事を尋ねた。

(  ω )「教えてくれお。交通事故って……何があったんだお?」

川 ; -;)「………」

川 ; -;)「電話のあと……ツンが『親父が来る前に早く行こう』って言って……」

川 ; -;)「カレシさんと……二人で手を繋いで家を出て……」


 そこまで言って、口を閉ざした。
 まあ、そこまで聞かされれば自ずと続きは見えてくる。

 走って飛び出したため、自宅前か、近くの交差点かで轢かれた、と。
 事態を聞きつけたクールが、そのレイを見て――



( ^ω^)「わかったお」

川 ; -;)「あ、頭から、ち……血が……」

(  ω )「……わかったから、言わなくていいお」

川 ; -;)「……ん」


.


155 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:16:46 ID:K2gJjNsYO
 


 この時、僕が平常を保っていられたのは、隣に泣きじゃくるクールがいたからだ。
 彼女がいるから、自分まで取り乱してはどうすると思えて、冷静でいられる。
 もしクールがいなかったら、この点滅する赤いランプの下の扉を、叩き破っていただろう。

 それほど、大変な事態だった。



 そのまま、静かな時間が流れた。
 早くレイの無事を確認したいのに、いくら待てど、時計は思っていた分の半分も針は進んでいない。
 じれったく思い歯噛みするも、そのたびに僕の手を握っているクールが、ぎゅっと力を籠める。

 僕も彼女も、気持ちは同じなのだ。
 それを共有しあうことで、なんとか待つ事はできた。
 そろそろか、というタイミングで、僕はある事を思い出した。

 さっと横を向いて、肩に頭を載せるクールを見る。
 随分と疲れたのだろう、このままでは寝かねない勢いだ。
 そんな彼女を起こすのは気が引けたが、肩を揺すって起こした。


川 ゚ -゚)「……なに?」

( ^ω^)「その、ツンのカレシって……事故の際、どうなったんだお?
      ここにいないみたいだけど……」

川  - )「……」


 それを聞くと、クールは目を伏せ、黙った。
 その彼氏とやらも轢かれたのか、と思った時だ。


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156 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:18:54 ID:K2gJjNsYO
 


川  - )「………ツンが轢かれたのを見て……」



川  - )「……逃げた」



( ^ω^)



 僕のなかの何かが、切れた時だ。


 目の前の扉の上に取り付けられていたランプから、赤い明かりが消えた。
 それに気づいたクールが立ち上がると、扉がゆっくり、少しだけ開かれた。

 なかから、緑色の服を纏う女性が現れては、僕の顔を見て


从 ゚∀从「……レイちゃんのお父さん、ですか?」

( ^ω^)「………はい」


 その声色を聞いて、僕の思考回路は鈍りはじめていた。



从 ゚∀从「私たちは、持てる限りの力を尽くしました。
      その甲斐あって、一命は取り留めました」

川 ゚ -゚)「ッ!」


 クールが女性に飛びついた。
 僕も、顔を綻ばせて、立ち上がった。

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157 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:20:36 ID:K2gJjNsYO
 



 だが



从 ∀从「――取り留めたのですが……」

川 ゚ -゚)「……?」


 クールが、女性に触れた手を引く。
 その手を自身の胸の前に持ってくる。

从 ゚∀从「お母さんの迅速な通報に、応急処置。
      考えられる限り、万全の状態で搬送されました」

从 ゚∀从「ですが……打ち所が非常に悪く、出血の量も洒落じゃない……」

从 ∀从「………生命状態が非常に不安定で……恐らく、保って今日限りの命です……」

从 ∀从「全力は……尽くしたのですが……ッ」


( ^ω^)

川 ; -;)「そ……そんな……ッ!!」


 女性が静かに言い切ると、クールがすがりついた。
 日頃のドライな性格など二の次、自我を崩壊させたクールが、必死に問いかけている。
 「まだなんとかなるのでは」「金ならいくらでも出す」「何年とかかってもいい」などと。
 だが、女性はそれ以上は言わず、駆けつけてきた看護師の人に宥められた。

 僕は、ただ固まっていた。



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158 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:22:11 ID:K2gJjNsYO
 







 レイの顔は、顔だけは、無傷だった。
 神様がかけてくれた、たった一つの慈悲だったのか。
 静かに目を瞑り、頭の包帯さえなければ、寝息をたてる天使にしか見えない。

 だが、その天使の羽は、もがれたようだった。
 羽をもがれ、墜落し、頭を打った。
 そのせいで、この天使が空を飛ぶことは、なくなった。

 ならば、その羽をもいだのは誰か。
 墜落するきっかけをつくったのは誰か。
 籠の中に入った「ブーン」を見下ろしていると、それがわかった。


川 ; -;)「ツン! ツン! レイっ!!」

( ^ω^)「………」


.


159 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:23:13 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「……僕が」

川 ; -;)「…?」

( ^ω^)「僕が、いけなかったのかお……?」

( ^ω^)「急いで帰るとか……追い返せとか言うから……
      二人は周りを見ずに飛び出して……」

( ^ω^)「それで……轢かれたのかお?」

川 ; -;)「……違う。ブーンは…、悪くない」




( ^ω^)「あの時……素直に、レイの幸せを受け入れてあげていたら……?」

( ^ω^)「僕が……余計なことを…言わなければ……?」

(  ω )「…………僕が……エゴを……見せてなかったら……?」






.


160 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:26:44 ID:K2gJjNsYO
 







 目に溜まってきた涙を拭って、話を続けた。
 長いこと、思考に耽っていたようだった。


( ^ω^)「……そんなツンを……いや」

( ^ω^)「……レイを亡くして……三日三晩、悲しんだお」

( ^ω^)「会社もやめて……自棄になって暮らそうかと思ったとき」


 横目で、ビデオライブラリーに視線を遣る。
 今はクールに根刮ぎリビングに持って行かれ、棚には埃程度しかないが、
 その跡からして数え切れない程のビデオがあったことが、わかるだろう。


( ^ω^)「ふと、ビデオがある事を思い出したお」

( ^ω^)「僕が、執拗に彼女につきまとって撮影した、ビデオを。
      どれほど罵倒されたか……。まあ、あのコの罵倒は言わば天使の囁きだけど」

 軽く苦笑する。
 半ば罵られたくて撮ったようなものなのだ。


( ^ω^)「傷心のまま、何の気なしにビデオを再生した途端――生きる気力が、満ち溢れてきた」

川 ; -;)「……」

( ^ω^)「レイの笑顔。泣き顔。怒声。暴力。照れ隠し。
      そのどれもが、僕に元気を分けてくれた」

( ^ω^)「あの子は、やっぱり凄いお。
      いなくなった後でも、その存在を確かなものにしてるんだから」

川 ぅ -;)「……」

川 ゚ -゚)「………」


.


161 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:28:30 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「どんな栄養剤やマッサージチェア、温泉なんかよりも
      元気を分けてくれる、まさに魔法のようなビデオ」

( ^ω^)「それを、観るなと言われちゃ……」

(  ω )「……もう……僕はおしまいだお」



 最後に、聞こえるか聞こえないか程度の声で、呟いた。
 どれもが本心で、心の澱みを吐ききった気分だった。

 生前のレイの姿に、何度助けられたか。
 四肢の指を全部使っても当然足りやしない。
 それこそ秒単位で元気づけてもらってきたのだから、足りる筈がない。

 涙を拭ったクールは、再び横座りの姿勢になった。
 じっと僕を見つめ、瞳の奥まで見透かしている。


川 ゚ -゚)「………君がビデオに執着する気持ちは、わかると言ったとおりだ」

川 ゚ -゚)「だが、ブーン。君はひとつ勘違いをしている」


(  ω )「………」

( ^ω^)「へ?」


.


162 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:29:39 ID:K2gJjNsYO
 


 虚を衝かれたような顔をして、クールと向き合った。
 何を勘違いしているのか、と思ったのだ。
 僕が先を促すまでもなく、彼女は続けた。

川 ゚ -゚)「私がビデオを極力観ないよう言ったのは、なにもビデオに執着する
     君の姿を見ていられなくなった、だけではないという事だよ」

( ^ω^)「?」


 言っている意味が未だよくわからず、首を傾げる。

 すると、両手を床について、少し身体を寄せてきた。
 その行動を見ても、ますますわからない。


川 ゚ -゚)「……その、なんだ」

( ^ω^)「お?」

川 ゚ -゚)「今日の昼に診てもらってわかったのだが……」

川 ゚ -゚)「………」

( ^ω^)「……」


(;^ω^)「ど、どうしたお?」


.


163 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:30:53 ID:K2gJjNsYO
 


 クールはそれを言ったきり、もじもじとしだした。
 視認するのが難しい程に顔を少し赤らめている。
 視線が俯き気味になって、唇が泳いでいる。

 また少し、こちらに身を寄せてきた。
 吐息がかかりそうな距離で、ぐいっと顔を近づけ、漸くクールは重い口を切った。


川 ゚ -゚)「こ、こういう時は顔を赤らめるべきなのか……?」

( ^ω^)「なにさ」

川 ゚ -゚)「……子供が……だな………」

( ^ω^)「へ?」

川 ゚ -゚)「……」

川  - )「…………」

川* _ )「……だ、だから、子供が……デキたって言ってるんだ!」


 クールが照れながらも言った言葉。
 それは、僕に三度ほど自問させた言葉であった。


( ^ω^)

( ゚ω゚)

( ^ω^)

( ゚ω゚)

( ^ω^)



( *^ω^)「ほ、本当かお!?」


.


164 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:32:38 ID:K2gJjNsYO
 


 両肩に手をかけ、クールの顔を覗き込んだ。
 何を恥じらう必要があったのか、僕にはわからない。

 彼女の細い躯を前後に揺らす。
 恵まれないと思っていた子宝が、漸く恵まれたというのだ。
 すると今の恥じらいはなんだったのか、途端にいつもの
 彼女に戻ったクールは、手を払いのけて続きを言った。


川 ゚ -゚)「というわけだから」

川 ゚ -゚)「いつまでも、過去の悲しみを引きずっているようでは、
     産まれてくる子供に迷惑がかかる。更なる悲しみが生まれる」

川  - )「……だからこそ、執着心が取り払えないようなら――」



 クールは次なる言葉を紡ごうとしたが、それは叶わなかった。
 そうなったのは、彼女の意思ではない。

 嬉しさのあまり、つい彼女の口を口で塞いでしまったのだ。
 しかし、下心など全くない、純粋に愛を伝える接吻だ。

 愛の結晶が、愛を生む。
 それは至極当然の話だ。

 だが、クールにとって僕の行動は意外中の意外だったそうだ。
 顔を真っ赤にして、身をひいてきた。
 まるで汚物を見る目で僕を見ている。



川;*゚д゚)「―――ッ!? っ!?」

( *^ω^)「よくやったお! 諦めなかったのが報われたんだお!」

( #)ω(#)「ふぎゃ!」


.


165 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:34:12 ID:K2gJjNsYO
 


川;*゚ -゚)「い、いきなりなんだ変態!」


 さすがに調子に乗ってしまったのか、クールの鉄拳が顔面に埋まるのはすぐだった。
 痛いが、今はそんなのまるで意に介さない程に、胸中は嬉しさで満ち溢れていた。
 そして、ああ、やっぱりレイの母親だな、と実感した。

 同時に、クールの今までの禁止令の意図も、わかった。
 いつか来るであろうこの日に備えて、の下準備だったというのだ。
 すっかり、天にまで昇る気になっていた。


( *^ω^)「炊事洗濯散歩に掃除、なんでもばっちこいだお!
      クーは赤ちゃんのために身体を休めるお!」

川 ゚ -゚)「そ、そこまで言うならお言葉に甘えて――」


 クールは僕を押し退け、立ち上がった。
 数歩下がって、金具が壊れ凹んでいる扉を指さした。

 ―――? 扉が、壊れている?




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166 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:36:08 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「これ、自力で修理してください」

( ^ω^)



( ;゚ω゚)「―――ッ!? え、僕知らないお?!
      クーが壊したんじゃないのかお!?」

川 ゚ -゚)「あら、もう約束破るのですか?
     お腹の子に見られないかしら」

( ;゚ω゚)「卑怯だお! せめて修理代は家の方で!」

川 ゚ -゚)「高いんだよな、修理屋さん」

( ;゚ω゚)「じゃあ材料費! それくらいは出してくれお!」

川 ゚ -゚)「毎月のお小遣いから少しずつ減らせば、間に合うでしょう」

( ;゚ω゚)「そ、そんなのって――――」





  「そんなのって、あんまりだおォォォォォォォォォォォォッ!!!」





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167 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:36:28 ID:K2gJjNsYO
 















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168 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:38:19 ID:K2gJjNsYO
 








 体内時計という、人間のひとりひとりが持つそれは、実に不安定だ。
 心臓の鼓動で発条が巻かれ、それに応じて幾つもの歯車が廻る。
 それらの歯車は完全に不安定なもので、一秒単位で歯が削れ
 示し出される時計が狂うのだから、堪ったもんじゃあない。

 十九年前の悲劇からの二年間は、歯車の表面の油が乾ききり、実に針が進むのが遅い二年間だった。
 発条が巻かれる速度も極端に遅く、おかげで精神的に参ってしまう日が続いていた。

 何度手首を切ろうか、とか。
 何度車にはねられようか、とか。
 今となっては「ばかげている」で一蹴りできそうな思考が、
 当時は真剣な顔をして抱けていたというのだ。

 そんな後ろ向きな思考に終止符をつけたのが、十五年前の日だ。
 その日を境に、喜びという名の潤滑油が全ての歯車の節々に注された。
 心臓の鼓動が速くなり、発条が巻かれる速度も大幅に上がった。

 そのせいか、それからの十五年間は、ジェットコースターの上から
 眺める景色よりも速く見える程、あっという間の十五年間だった。


.


169 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:40:28 ID:K2gJjNsYO
 


 二度と開かれる事はないのではないか。
 そんな風にすら思えていたこの手記だが、
 今では平常通り、このようにペンを滑らせている。

 恐らく、今の私は、世界で一番幸せに近い人間じゃないのか。
 そんな風にすら思えてくる日々なのだ。

 そりゃあ悲しい日もあるし怒る日もある。
 だが、それらを一通り包んでの、幸せなのだ。



 それを気づかせてくれたのは、他でもないレイだ。
 レイが亡くなったのは、未だに悲しい。
 しかし―――いや、だからこそ。

 天国にいるレイでさえ、見ていて噴き出してしまう程の
 可笑しな――それでいて幸せな――毎日を送れたら。

 そう思って、日々を過ごしてきた。
 それは、これからも恐らく、ずっと変わらないだろう。

 ただ、たった一つだけ変わるとすれば。
 そして、たった一つだけ、
 天国で抱腹絶倒しているに違いないレイに知らせる事があれば。





 あなたの妹は、喜び、悲しみ、照れたり、時に怒りも見せ、
 でも笑いながら、無事に、健康に育っていきました。



 そして―――





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170 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:41:54 ID:K2gJjNsYO
 







 ――そこへ、廊下からリビングに足音が断続的に響いてきたのが聞こえた。
 はっとした私は、そこでペンを置き、手記を隠した。
 手記の事は、家族でもトップシークレットなのだ。

 ワンテンポ遅れてやってきたその子は、顔一面を焦りで埋めていた。



ζ(゚ー゚;ζ「おかーさぁん!」

川 ゚ -゚)「どうした?」

ζ(゚ー゚*ζ「私のカッターシャツ知らない?」

川 ゚ -゚)「カッター……。確か、父さんが持っていってたぞ」

ζ(゚ー゚;ζ「え゙!?」

川 ゚ -゚)「鼻を擦り付けていたから、はやいとこ取り返さないと」

ζ(゚ー゚#ζ「ぎゃああああああッ! あんの糞親父!」



.


171 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:43:28 ID:K2gJjNsYO
 





( ^っ爪c「このシャツは中学から着てるやつかお……。クリーニングに出すお……」

ζ(゚ー゚#ζ「げッ!! なに嗅いでんのよ変態!」

(;^ω^)「はッ! デレ、このカッターシャツはだめだお! 新しいの着なさい!」

ζ(゚ー゚#ζ「なんで替えなくちゃだめなのよ! いいから早く返して!」

(;^ω^)「こんな〝色〟がにおうシャツ、おとーさんは許さないお!」

ζ(゚д゚;ζ「それは体臭――って言わせんなぁぁぁッ!」

( ;゚ω゚)「のわッ! かーさん、デレが反抗期!」

ζ(゚ー゚;ζ「返せ返せ!」

川 ゚ -゚)「朝ごはんできたけど」

(;^ω^)「助け――今朝はなにかお?」

川 ゚ -゚)「小籠包」


.


172 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:45:23 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「え」

( ^ω^)

ζ(゚ー゚*ζ「いただきッ!」

( ^ω^)

(;^ω^)「あ゙! こら、返しなさい!」

ζ(゚ー゚;ζ「誰が返すかターコ!」

ζ(゚ー゚*ζ「おかーさんも、早く着替えて!」

川 ゚ -゚)「はいはい」

(;^ω^)「そのシャツはだめ――僕は?」

ζ(゚ー゚;ζ「だぁーッ! 親父も来たきゃさっさと着替えて!」

川 ゚ -゚)「といっても、もう式まで十五分ないぞ」

ζ(゚ー゚;ζ「ひぇ!? もーだめ、遅刻するぅ!」

  「着替えぇぇぇぇ!!」



川 ゚ -゚)「……行っちゃった」

(;^ω^)「……シャツ……」

( #)ω(#)「ぷぎ!」

川 ゚ -゚)「朝から下品なんだから」

(;^ω^)「だって、あのシャツ着るとけしからん野郎どもが――」

川 ゚ -゚)「ったく、少しくらいおとなしくしてくださいよね」



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173 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:46:31 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「せっかくの高校入学式なんだから……」

  ζ(゚ー゚;ζ≡「おかーさんこのブレザーってどう着るのぉ!?」

川 ゚ -゚)「はいはい。教えるから走りなさんな」

(;^ω^)「おおう……」






    ―――そして


      あなたがなれなかった、高校生になりました。





.


174 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:48:40 ID:K2gJjNsYO
 





   ξ゚⊿゚)ξは画面の世界の住人のようです



           おしまい





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